そしてそれぞれが席に着き、映画が始まりました。
内容は、健全な中高生が見るのに相応しい学園青春映画。
生徒同士のすれ違い……対立しあうことで生まれる友情……夕日を目指して走る姿……。
これぞ青春というシーンがこれでもかというくらい盛り込まれた内容でした。
さて、そんな映画を見ている皆さんはというと。
芥川は当たり前のように寝ています。
そして先程の宣言通り、模擬店の仕事を終えた宍戸と向日も熟睡しています。
跡部は決して人前で眠るという姿を見せず、腕を組み足を組み、優雅な姿で淡々と映画を見ています。
忍足は恋愛映画ではないということに落胆しつつも、もしかしたらそんな要素があるのではと気になっている様子。
鳳も青春映画はあまり見ない様ですが、麻燐と同じものを見ているというだけでモチベーションが保てるようです。
日吉も内心くだらないと思いつつも、眠るのも気が引けるのか少々渋い顔で映画を見続けています。
樺地はいつも通りですね。
それにしても……不純な動機で映画を見ている人物が居るものですね。
そして本来ならば、麻燐の姿が気になって探そうとしてしまいがちですが……。
生憎、席が前から3年、2年、1年となっているため、そう簡単にはいかないようです。
いちいち後ろを振り返っていては不審に思われてしまいますからね。

そしてきっちりと120分の映画を観終わりました。
映画のエンドロールが終わると同時に、シアタールームの明かりも灯りました。
ようやく終わった、という様子で伸びをしながら各々立ち上がり模擬店へと向かう生徒たち。
それはテニス部メンバーも同じで。


「ああーーー……恋愛要素はなかったけど、なかなかおもろかったな」
「ふん、典型的な青春映画か」


忍足が大きく伸びをしながら跡部に近寄る。
跡部は大して面白くなかったような顔でそう言った。


「そうだC〜、もっともっとアクション要素があってもEーと思うC」
「寝ていた奴が何を言う」


樺地に抱えられたまま眠気眼をこする芥川。
きっちりとその様子を見ていた忍足がすかさずツッコみます。


「あはは、バレてた〜?」
「ふぁ〜あ……つか、ジローが暗闇ん中起きてられる方がおかしいぜ」


向日も大あくびをしながら跡部の元へ集まる。
その隣には宍戸も未だに眠そうな顔で立っています。


「大丈夫ですか、宍戸さん」
「あー……多分」


まだ頭が回っていないのか、ぼーっとしています。


「意外と面白かったですよ。先輩と後輩がぶつかり合って先輩が負けを認めるところとか圧巻でした」
「ああ、あのシーンは良い下剋上だったな」


鳳の言葉に珍しく、本当に珍しく同意を示す日吉。
どうやら同じ後輩として超えたい先輩がいるようですね。


「へー、んなシーンがあったのか…………あれ?」


ここでようやく頭の回転が戻ったのか、宍戸が辺りを見回します。
同じように、忍足や樺地も心配そうに周りを見る。


「おかしいな、麻燐ちゃんがおらへんなんて」
「ウス」
「いつもなら真っ先に来るはずなのにな」


跡部も訝しげに思ったのか、目を細めて部屋を見回す。
すると、1年の席で少しの人だかりがあるのを見つけました。


「麻燐ちゃーん、起きてー」
「もう映画終わったよー?」


近づいてみると、心配そうに声をかける女の子たちの中に麻燐が居るのを見つけました。
声からすると麻燐も眠っているようです。


「あ、先輩たち……」


テニス部メンバーに気付いた女の子が思わず道を開ける。
そこから見えたのは……


「こっこれは………天使!?」


という忍足の冗談は置いておいて。
柔らかい素材でできた椅子に深く腰掛け、すーすーと規則正しい寝息を立てている麻燐の姿がありました。
メンバーが驚いた表情で麻燐を見つめていると、


「そ、その……麻燐ちゃん、映画の途中で寝ちゃったみたいで……」
「何度も声をかけても、起きようとしてくれないんです……」


1年の女の子たちが次々とそう言いました。
すると(表面上は)優しい鳳が、


「そっか、ありがとう。じゃあ後は俺たちが引き継ぐから、皆は学園祭を楽しんできて?」
「「「は、はいっ!」」」


仏のような心優しい笑顔(表面上)を浮かべた鳳に「さっきから表面上表面上うるさいですよ」


そういうところがいけないんですよ!?
……じゃなくて、鳳の真っ白スマイルにやられた1年生は顔を赤くしてテニス部に任せてその場を去って行きました。


「……可愛い寝顔だC」


樺地から降りた芥川は、麻燐の顔を見つめながら呟く。
それは口にしないだけで、全員が思っていることです。


「……思えば、麻燐も午前は仕事してたんだよな」


続けて、思い出したように宍戸が言いました。
そうです。青学メンバーの出現や予期せぬ射的大会で忘れがちですが、麻燐は赤ずきんの恰好で呼び込みをしていましたからね。
それに加えて一人で青学・氷帝メンバーの相手をして……疲れていないわけがないのです。


「……無理、させてもうたかな」
「麻燐の場合は好きなだけはしゃいでるように見えるんだけどな」
「本当、子供みたいですね」


忍足、向日、鳳が麻燐の寝顔を見ながら苦笑する。
だがそのままではいけないと思ったのか、跡部が優しく麻燐の肩に手を伸ばした。


「……麻燐、起きろ」
「んー……」


少し声を漏らすものの、起きる気配はない。
どうやら芥川以上に熟睡しているようですね。


「跡部、ここは俺のヴォイスに任せ……」
「「「お前は黙ってろ」」」
「ひどっ!やっぱり自分ら俺にだけひどくないか!?」


頬を赤くしてハァハァしていれば誰だってそんな反応しますよ。
忍足が起こすのを全力で阻止する騒ぎで、麻燐は身を少しよじりました。
それに気付いた鳳はすかさず麻燐の肩に手を置き、ゆっくりと声をかける。


「麻燐ちゃん、起きた?」
「……うみゅ……チョタ、先輩……?」
「お、麻燐起きたのか?」


まだ少し眠気を宿している目をこすりながら、麻燐は目の前にいる鳳と横から覗きこんできた宍戸を見る。
そしてしばらく状況を呑みこめていないのかぼーっとしていた。


「よく眠れたかな?」
「…………!!」


鳳が聞くと、麻燐は何かに気付いたように目を見開いた。
その急な態度に、疑問符を浮かべる皆さん。


「あ……う…その、えっと……」


対する麻燐は少々顔を赤くして、何か言いたそうに口をもごもごしている。
そして意を決したように、


「ご、ごめんね!途中まではちゃんと見てたんだよ?だけど、どうしても眠くなっちゃって……」


涙目になりながらそう言った。
さらに続けて、


「約束……守れなくてごめんなさい……」


と、宍戸と向日に向かって言った。
そこでようやく、麻燐の言いたいことが分かった。
映画が始まる前の移動中、

「じゃあ二人の分まで麻燐が見てあげるね!だから、二人は寝てても、麻燐がしっかり内容を教えてあげる!」

と言った麻燐の言葉。
それを守れず、寝てしまったことを麻燐はバツが悪く思っているようです。


「麻燐……」


その心遣いに思わず名前を呟く宍戸。
すると向日が、


「ああ、それなら心配いらねえって」
「……っえ?」
「俺ら寝ずにちゃんと映画見てたから。なっ、宍戸」
「……そうだな。だから、麻燐が寝てても大丈夫だぜ。約束守ろうとしてくれてさんきゅな」
「……ほ、本当……?」
「もちろん。俺たちが嘘つくか?」


実際は二人とも熟睡していましたが。
嘘も方便……ということで爽やかな笑顔でそう言います。


「じゃあ、本当に本当なんだね……?」
「ああ。だから麻燐は心配すんなよ」
「……うんっ」


麻燐も二人の言葉に安心したのか、笑顔を取り戻します。


「映画、面白かった?」
「あ、ああ……面白かったぜ」
「あれは……め、名作だったな」


問う麻燐の言葉には、さすがに順応できない二人。
代わりに、映画をしっかりと見た鳳や日吉が答えていました。