「ふふっ、さて……どうしようかな」 銃に弾を詰め、開眼してぬいぐるみを睨むように見る不二さん。 怖すぎます。射的に本気になりすぎです。 その為か……黒い靄がいつにも増しているような気がします。 「なんや、あの靄で景品取れそうやな……」 「しーっ!忍足さん、そんなこと言ったら殺されますよ!」 忍足の失言に、隣に居た桃城が過剰に反応しました。 どうやら不二のことは後輩もよく分かっているようですね。 「桃、君の発言も失礼だよね」 「!?」 二人とも遠い位置で呟きのような音量で話したのに不二には聞こえていたようです。 最近多いですね……地獄耳スキルを身につけている人って。 と、あやうく第二の的にされそうになった忍足と桃城が固まっている間に、不二は狙いを定めています。 「白鯨」 と不二が言いながら弾を放つ。 だが、弾はぬいぐるみには当たったものの、落ちることはありませんでした。 「……うーん、やっぱり難しいね」 困ったような表情で呟く不二。 その後ろでは、 「今、弾を戻って来させようとしてたよね」 「さすがに射的では通用しなかったな」 ジト目で見ている越前と腕を組みながら考察する手塚。 そんなに冷静に言えるあなたたちも不思議です。 その後も2発撃つものの、景品を捕らえることはできませんでした。 「……これは、初めての挫折かもしれない……」 「不二〜、大丈夫かにゃ〜?」 「ああ……これくらい平気だよ。景品が取れなくても、僕の麻燐ちゃんへの愛は変わらないからね」 「あ、あはは……」 麻燐を見つめながら言う不二に苦笑し、続いて菊丸が銃を持つ。 「よーし!俺のアクロバティックをなめちゃだめだにゃ〜っ!」 「頑張れ英二ー!」 張り切っている菊丸の言葉に、麻燐も笑顔で応援する。 そして菊丸もその期待に応えるように無駄に飛んだり跳ねたりしながら射的をします。 ですが、そんなことをしても結果が良くなるわけもなく。 「む〜〜〜〜……悔しいにゃ……」 「あっはは!菊丸、身体なまってんじゃねーのかぁ?」 「なんだよ向日!お前は何もしてないくせに!」 「ああ!?俺は店員だからできねぇんだよ!」 「はいはい。いったん落ち着こうな」 「こら英二、静かにしないか」 口論になりかけた菊丸と向日をお互いの保護者が止めに入る。 麻燐も楽しそうに見送って、 「あ、最後はリョーマくんなんだね!」 準備をしていた越前に声をかける。 「まあ。……全く、こんなことでムキになるなんて先輩たち大人げないッスね」 「んだよ、強がってられるのも今のうちだぜ?」 「越前のリーチでは射程範囲内に届かない確率77%」 「おチビ生意気ー!」 「………(やっぱ大人げない)」 口に出すと余計面倒なことになるため、心の中で言う越前。 確かに、氷帝と青学関わらずに先輩たちは皆景品を取れなかったことにやきもきしていますからね。 「私は、応援してるからね!」 「はいはい、ありがと」 大してアテにしていない風で応える越前。 ですが、銃を持つとその目は真剣なものに変わるところが素直じゃないですね。 小さな背を精一杯伸ばして的を絞る。 そして撃ちました。 「……ふん、まあ、こうなるよな」 日吉の言葉通り、越前の撃った弾も景品には当たるものの落ちるところまではいかない。 続いて2発目もぬいぐるみを倒すような威力は発揮できませんでした。 「リョーマくん……」 3発目の準備をしている時、越前は隣で心配そうに見ている麻燐をちらりと見た。 そんな顔をする必要もないのに、まるで自分の事のように両手を絡ませて祈るようにしている麻燐。 越前は小さく溜息をついて、 「あっ!」 越前の撃った弾はぬいぐるみとは違う方向へ向かった。 一瞬驚いた麻燐と他の皆さんでしたが、その弾がぬいぐるみの隣の景品……板チョコに当たったのを見て、また別の反応を示す。 「越前……」 「リョーマくん、どうして……」 桃城や麻燐が銃を置いた越前へと問う。 すると越前は頭を掻きながら、 「……これだけの時間費やして、何もなしっていうのが後味悪いと思っただけ」 と言った。 そして取った景品を麻燐に渡す。 「リョーマくん……」 麻燐は未だに驚きを隠せないでいるが、 「ありがとう!」 すぐに満面の笑顔で越前にお礼を言った。 それに、別にと素っ気なく答える越前。うーん、ピュアですね。 「……なんか、一本取られた気がしますね」 「ふうん、僕の麻燐ちゃんに色目使うんだ」 「さっきから言おう思うとったけど、不二のんちゃうからな」 誰も恐ろしくてツッコめなかったところに、関西人根性で忍足がツッコむ。 そういう命知らずなところは凄いと思います。 「えへへ、リョーマくんは優しいんだね」 「……ただ、麻燐が物欲しそうな顔でチョコ見てたから」 「そ、そんな顔してないよっ」 慌てて首を振る麻燐。 その姿を見て、ああ図星なんだなと微笑ましくなる先輩たち。 「麻燐かわいいー!このままお嫁さんに欲しいー!」 「なにどさくさに紛れて言ってるんですか」 芥川が我慢できないという風に麻燐に抱きつく。 しばらく麻燐もにこにことしていた後、 「あ、そうだ!」 何か思い立ったように、芥川から離れて樺地によじ登る。 その場に居た皆さんは全員ハテナマークを浮かべながらその様子を見つめる。 そして肩まで登ったところで、こっそりと耳打ちを始める麻燐。 樺地もウスと一言言って、麻燐を連れて射的の場所まで来る。 「がっくん先輩、麻燐と樺ちゃん先輩も射的する!」 「え?あ、ああ……わかった」 麻燐と樺地の分のお金を払い、二人で銃を持つ。 小さな麻燐に銃は不似合いだったが、両手でしっかりと持っている。 対する樺地は逆に銃の方が玩具に見えてしまいます。 「じゃあいくよ……せーのっ!」 そして麻燐の掛け声と共に、二人同時に弾を撃つ。 2つの弾はぬいぐるみへと向かい……うまく当たってぬいぐるみが倒れる。 その瞬間を目撃した皆さんは、ぽかんと口を開けています。 「やったぁ!くまさんに当たったよ!」 「ウス」 「麻燐……よく考えたな」 「えへへ……せっかく皆が頑張ってくれたんだもん。麻燐も一緒になりたいと思って!」 そこで一人ではできないと思い樺地を誘って二人で向かったと……。 確かに倒れましたが、これでいいのでしょうか。 「水を差すようで悪いけど……これって大丈夫なのかい?」 同じ疑問を抱いた大石が心配そうな面持ちで向日に聞く。 すると向日はあっけらかんとした様子で、 「別にいいぜ。麻燐が喜んでるし!今回だけの特別ルールってことで!(それに、充分稼がしてもらったしな〜)」 そのあたりは抜かりがないようです。 向日もちゃっかり、出し物の売り上げに貢献しているということですね。 青学+氷帝+麻燐……ぬいぐるみ一つで随分と苦労していましたからね。 仕入れ値を遥かに上回っているんじゃないでしょうか。 「ほら、麻燐。お前のくまさんだ」 「わー!がっくん先輩ありがとう!」 向日から手渡されたくまのぬいぐるみを大事そうに両手で受け取る。 そして皆の方をくるっと見て、 「皆もありがとう!麻燐のために、頑張ってくれて……麻燐も嬉しかったよ!」 と屈託のない、愛らしい笑顔を見せました。 「ふっ、麻燐が望むならその何十倍の大きさのぬいぐるみもプレゼントしてやるぜ」 「そういうことは言うもんじゃないッスよ、跡部さん」 「桃城の言う通りだ。全員で戦ったことに意味がある」 「……戦い……せやな、ある意味戦いやったわ」 少々手塚の言い方に違和感を覚えるものの、忍足は頷く。 個人的に忍足は戦いだったかもしれませんね。 それはともかく……第1回射的大会は引き分けというなんとも平和な結果に終わりました。 ×
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