「……本当に、全部買わなくていいのか?」
「うん!たくさんの人に買ってもらいたいから!」
「うう、相変わらず麻燐ちゃんは良い子だね……」
「そして跡部も相変わらずの過保護ぶりだね」


麻燐の売ろうとしている雑貨を全て買い取ろうとした跡部。
合宿では麻燐の保護者として守る位置にいたこの人が、一番麻燐の魅力に翻弄されているような気もしますが。
そして何も変わっていない様子に安心しているのか、大石と不二がそれぞれ呟く。


「それで、なんで自分らが氷帝の学園祭に勢揃いしとるん?」


今まで聞く状況じゃなかったため、ようやく落ち着いたところで忍足が聞きます。
それについては氷帝メンバーは皆疑問に思っていたのか、耳を傾ける。


「青学は今日、創立記念日なんスよ」
「ああ。そこでちょうど氷帝が学園祭を催していると聞いてな。全員一致で行こうという意見になった」


桃城の言葉に補足するようにして手塚が言う。


「へーそうだったんだ!すっごくお邪魔だけど、まあ楽しんでいってよ」
「本音が駄々漏れだよ、芥川くん」


にっこり笑顔で言ったので思わず聞き逃してしまいがちですが……やはり不二は聞き逃しません。
同じく笑顔で対抗します。


「ったく……こういう時でも気が抜けないね」
「せっかくだから、リョーマくんも楽しんで行ってね!」
「……そう言う麻燐が一番楽しそうだけど」
「だって楽しいもん!あ、そうだ!麻燐が案内してあげるよ!」


同族同士が競り合っている中、同級生コンビはこんな会話をしています。
やはり同級生だからか、麻燐もいつも以上にはしゃいでいる様子。


「でも麻燐、今仕事中なんでしょ」
「あっ……そうだった……」


麻燐は気付いたように自分の恰好を見る。
呼び込みのために着替えている赤ずきんの姿を見て、まだ仕事中だというのを思い出したようです。


「うう……ごめんね、リョーマくん」
「別にいいけど。……っていうか、さっきからこっち見てる人たち、麻燐に用があるんじゃないの」


ここでようやく越前が麻燐たちをちらちら見ていた人たちに気が付きます。
随分前から麻燐に話しかけようかかけまいか悩んでいた様子でしたが。
さすがに……氷帝と青学のテニス部レギュラーが勢揃いしているところ、割り込むような勇者はいないようです。
越前の指摘を受け、麻燐は首を傾げながらその子たちの所へ向かう。


「どうしたの?」
「あ、ごめん、邪魔しちゃった……?」
「そんなことないよ!」
「そう?よかった……。あのね、麻燐のおかげで雑貨が完売したの!だから、もう私たちの出し物の目的は果たしたから……お昼にはまだ早いけど、もう呼び込みの仕事は終わっていいよ」
「え、本当!?」
「うん。お疲れ様、麻燐!ありがとう、麻燐のおかげですごく助かったわ!」


完売したというこれ以上ないくらいの言葉が聞け。喜びを隠せない麻燐。
加えて「麻燐のおかげ」とクラスメイトに褒められて更に嬉しいようです。


「ううん、麻燐も役に立てて嬉しかったよ!」


そう言って満面の笑顔を向ける。
心から嬉しがっている様子の麻燐を見て、クラスメイトも同じ気持ちになりました。
そして麻燐は越前の元へと戻り、


「えへへ、麻燐たちのクラスの雑貨店、完売したんだって!」
「へえ、よかったじゃん」
「うん!だから、リョーマくんたちを案内できるよ!」


飛び跳ねて喜ぶ麻燐に、越前もなんだか気恥ずかしくなったのか目を逸らす。
その様子をにやにや見ていた先輩たちは、


「なんやなんや麻燐ちゃん、青学のチビ助ばっか構って妬けるわぁ」
「おチビばっかずるいにゃ!俺たちだって麻燐ちゃんに案内してもらいたいのに〜」
「痛いッス……」
「ふふ、ちょっと麻燐ちゃんと目線が近いからって嫌味かな?」
「そう言う不二先輩の方が嫌味ッスよね」


どさくさに紛れて身長について触れた不二を睨むように見る越前。
なかなか越前も地獄耳ですね。


「それにしても、完売したのか。よかったな」
「うん!景ちゃん先輩も皆も、買ってくれてありがとう!」
「でも……まだ麻燐ちゃんが持っているの残ってるよね」
「あ、これはね、りょー先輩とがっくん先輩にも買ってくれるか聞こうと思って!」


麻燐は持っているかごの中にある2つの雑貨の入った袋を見る。


「二人だけ仲間外れはいけないでしょ?もしいらないって言ったら、また別の買ってくれる人を探せばいいから!」
「麻燐ちゃん……大丈夫だよ、二人ともきっと買ってくれるよ」


麻燐のそれは、本人にとってこの上ない気遣いなのでしょうが……周りからしてみたらたちの悪い脅迫とも言えますよね。
決してノーとは言えない、とっても優しい先輩達ですから。


「じゃあまずは、その二人のところに行こうか」
「ここからだと宍戸のクラスの方が近いC〜」


行くと決めた途端、当り前とでも言うように麻燐の手を片方ずつとる不二と芥川。
抜け目がなさすぎて怖いです。


「ち、ちょっと待ってください」
「なに、ひよC」
「(ひよC……)麻燐をその格好のまま行かせるんですか?」


日吉は訝しげな表情で眉を寄せながら聞く。
もう呼び込みをする必要もないのだからその衣装も必要ないのでは、と日吉は思っているようです。
だがそんな思いとは裏腹に、


「当たり前じゃないか。こんな可愛い麻燐、今満喫しないでいつ満喫するんだい?」
「そうそう!それにせっかくだから、宍戸やがっくんの反応も見たいC〜」
「…………そうですか」


この人たちに聞いた自分が馬鹿だったとでも言いたげな顔で落胆する日吉。
こんな可愛らしい恰好の麻燐を手離すわけがありませんでしたね。


「二人ばっかずるいですよ!俺も赤ずきんちゃんな麻燐ちゃんを愛でたいのに!」
「………」


そして隣でそんなことを言っている鳳を見て、さらに意気消沈する。
もう自分の周りに正常な判断を持っている人物がいないような気がしてなりません。
そんなことを思いながらも、麻燐を中心に学園を歩く。
テニス部を引き連れ、まさに逆ハーレム状態で学園を歩いている麻燐の注目が半端ないことはもう言うまでもありません。
そしてそんな視線が途絶える間もなく、宍戸のクラスまで着きました。


「ここは一体何をしているところなんだい?」
「えーっとね、屋台だよ!」


河村の言葉に麻燐が笑顔で答える。
そして教室に足を踏み入れ、辺りを見回します。


「あっ、りょう先輩!」
「ん?この声は麻燐か……って、なんだ!?」


屋台に相応しい……エプロン姿に鉢巻きを巻いている宍戸は聞きなれた言葉に、たこ焼きを焼いていた鉄板から視線を上げる。
するとそこには、赤ずきん姿の麻燐と青学、氷帝のメンバーの顔。
予想もしなかったその光景にさすがの宍戸もどこからツッコめばいいのか悩みます。


「りょう先輩……」
「のわっ!?」


とりあえず先に対処しなければと思ったのは、突然麻燐が顔を近づけてきたことです。
宍戸は目を白黒させて抱きついてきた麻燐を見る。


「んーっ……りょー先輩、良い匂い……」
「へ?に、匂い……?」
「うん。たこ焼きとかお団子の良い匂いがする!」


そう言いながらにっこり笑う麻燐に宍戸はどうしたらいいのか分からなくなりました。
だがそれも、


「麻燐〜っ!宍戸ばっかりずるいC!」


芥川がひょいと麻燐を持ちあげてくれたおかげで助かりました。
いや、心の中は少し複雑ですが……とりあえず額の汗を拭います。


「つか、お前らは何でここにいるんだ?」


そうして青学の皆さんに視線を移した宍戸。
それについては鳳が説明をしました。


「……というわけで、俺たちと麻燐ちゃんの時間を邪魔しに来たみたいなんです」
「ちょっと待て。何かおかしい気がするが」
「そうだよ。邪魔をしに来たんじゃなくて、純粋に麻燐ちゃんとの愛を育みにきたんだけど」
「いや、もともと芽生えてへんやん」


満足気に説明し終えた鳳に手塚が腕を組んで言う。
さらに言葉を被せるように不二が麻燐の手をとり見つめ合い、忍足が思わずツッコむ。
忍足が後に不二の手によって灰にされかけたのは言うまでもありません。


「な、なるほどな……まぁ、せっかく来たんだし楽しんでけよ!」


状況をいち早く察した宍戸は空気を変えようと皆さんに1本ずつみたらし団子を差し出す。
さすが面倒見の良さに定評のある宍戸です。


「わぁ、りょう先輩ありがとう!」
「ああ。麻燐とは約束だったからな」


そう言ってにかっと笑う宍戸。
麻燐も嬉しそうに団子を頬張ります。


「ふう……跡部、麻燐の分はいいとして、他の奴らの分の団子代よろしくな」
「おい待て。なぜ俺様が払わなければならない?」


宍戸の言葉に跡部が眉を寄せる。
すると宍戸は小声で、


「あんな心臓に悪い空気のままでいられるか。変えてやったんだから、団子代くらいいいだろ」
「ちっ……宍戸のくせに、悪知恵働かせやがって」


そう言うものの、跡部にとって団子代くらい大したことはない様子。


「へへっ、毎度!」


きちんと団子代を受け取り、宍戸もしっかりと売り上げに貢献しました。


「ふっ……それより麻燐、宍戸の奴に渡したいものがあるんだろう?」


そこで跡部が口角を上げて団子を食べ終わった麻燐に言う。
すると麻燐ははっとして、かごに入っていた雑貨を取りだす。


「うん!りょう先輩、雑貨はいかが?」


急な状況に再び目を白黒させる宍戸。
ここでようやく、もう一つのツッコみどころに目を付けました。


「そういや……なんで麻燐はそんな恰好をしているんだ?」
「これはな、仕事で疲れているお前の為にわざわざ麻燐が着替えてくれたんだ」
「え!?」
「景ちゃん先輩?何言って……」


正しい理由を言おうとする麻燐の口に、自分の分の団子を「あーん」で詰め込み、


「こんな可愛い麻燐なんだ。買わないなんて判断するわけねえよなぁ?」
「うっ……」


宍戸の目の前には、2本目の団子を嬉しそうにもちゃもちゃと頬張る麻燐(赤ずきん仕様)の姿。
この姿の麻燐を見てときめかない人はこの学園には居ません。
どうやら跡部はその弱味に付け込んで、先程団子代を払わされた仕返しをしている様子。


「りょう先輩のお団子、やっぱり美味しい!」
「〜〜〜〜っ……わ、わかったよ!買えばいいんだろ、買えば!」


こんな笑顔を見せられたら、やはり断るわけにはいきません。
そう言った言葉通り、宍戸の手には麻燐が持っていた雑貨が渡る。
宍戸も、これで皆さんの仲間入りですね。