さて、それからはいつものように穏やかに話す担任の話を聞き、開会式へと向かいました。
開会式というのも、校長の話や学園祭委員長の話といったものばかりだった。
途中、学園祭の出し物の紹介VTRが流されましたが、それを見終えるとすぐに自由行動の時間となりました。
クラスの友達と一緒に教室へと戻ってきた麻燐。
教室に入ればそこはもう一つの雑貨店です。
その普段の教室とは全く違う雰囲気に楽しそうにしている麻燐に、


「ねえ……麻燐ちゃん」
「ん?」


クラス委員長をしている女の子が麻燐へと声をかけました。
麻燐は小首を傾げ、その子を見る。


「あのね、麻燐ちゃんに頼みがあって……」
「そうなの?麻燐にできることなら何でも聞くよ!」
「本当!?ありがとう!それで、頼みって言うのはね――――――」


心から嬉しそうに話すクラス委員の女の子。
そんな子の頼みごとを麻燐が断れるわけもなく。
麻燐は快く、その頼みごとを承諾しました。





「よーし!んじゃあ早速、麻燐ちゃんのところに行こう!」


場所は変わって、3年の教室前の廊下。
ここではすでに午前に仕事が無い人たちが集まっていました。


「……あまり大人数で言っても迷惑なんじゃないですか」
「何を言うとるんや。麻燐ちゃんは大勢の方が嬉しがるで」
「確かにそうだな。本当なら麻燐の笑顔のために、学園中の暇人を見つけて麻燐の出し物が盛り上がるように仕向けたいところだが、」
「跡部さん、それはただの善意の押しつけですよ」
「ウス」


上から日吉、忍足、跡部、鳳、樺地。
どうやら最初に号令をかけた芥川を含めてこのメンバーが午前中に何もすることのない人たちなんでしょう。
まあ、展覧会のような出し物にした跡部と忍足は1日中暇なんでしょうが。


「そういえばジロー、仕事は代わってもらえんかったん?」
「ああ、それなら別にいいC。俺の出し物のところに来た麻燐ちゃんを思いっきり楽しませることにしたから」
「へえ、珍しく引き際がいいみたいだな」
「うん。だから皆、俺の所に来たら麻燐ちゃんの半径100mには近付かないでね」


全く引くことができていないじゃないですか。
笑顔のまま言う芥川にその場にいる(鳳以外)全員が苦笑を浮かべたところで、


「ちょちょちょーっと氷帝テニス部の皆さん!」
「「「ん?」」」


どこか間の抜けた、そしてついこの前まで聞いたことがあるような声が聞こえました。
皆一斉に声のした方を見ると、


「自分……桃城か」
「ど、どうもッス!」


後ろに大石、河村、海堂を引き連れた桃城の姿。
思いもよらぬ人物に、氷帝メンバーは目を丸くする。


「お前ら……どうしてここに「それより、説明してください!」


跡部の言葉を遮り、桃城が叫ぶ。
どうやら興奮しているのか、頬が赤く息も荒い。
一体何が桃城をそこまでにしているのか、氷帝のメンバーは全く予想もつかなかった。


「も、桃、1回落ち着くんだ……」


それを後ろで肩を掴んで落ち着かせようとしている大石。
そして反対の手で自分の胃のあたりを押さえています。
どうやら大石もそれなりに冷静ではない状態のようです。


「だから、何なんだよ?」
「それはこっちが聞きたいよ!ど、どうして……」


跡部の問いに、河村も慌てて話し始める。


「どうして麻燐ちゃんがあんなに可愛い恰好で呼び込みをしているんだ……!」
「「「は?」」」
「……あれは反則だ」


後ろでは海堂もぼそりと、若干頬を赤くしながら呟いた。


「あれはもはや凶器ッスよ凶器!そうじゃなかったら詐欺ッス!あんなに可愛い麻燐、どうして野放しにしてるんスか!」


あまりにも麻燐の姿が衝撃的だったのか、桃城がよく分からない事を言い出す。
氷帝メンバーは首を傾げるばかりだったが、青学メンバーに連れられて麻燐のいる場所へと向かうことになった。
そして、その皆さんが辿りついたのは玄関付近にいた麻燐と、麻燐を囲むようにして群がる青学の残りの皆さんの姿。


「もう麻燐可愛すぎるよ!その衣装も似合ってるにゃ〜!」
「ああ……どうして君はそんなに可愛いんだい?こんな恰好をしていたら誘拐されちゃうよ」
「不二先輩、気持ち悪いッス」
「油断するなと言っておいたはずだが……」


そして遠目で分かったのは、中心にいる麻燐が赤ずきんの姿をしていること。
それだけでもかなり衝撃的だというのに、その周りにいる青学の……主に不二が麻燐を連れ去る勢いで口説いていること。
さらに、その様子をおかしいものと判断した生徒たちが遠巻きに困惑の視線を送っている事。
どれからツッコめばいいのか分からなくなるくらい、おかしな空気が漂っていた。


「お前ら……」
「ん、跡部か。学園祭、賑わっているようだな」
「景ちゃん先輩!」


手塚の言葉に、麻燐も跡部たちの姿を見つける。
そしてぴょんぴょんと跳ねるようにして青学の輪から抜けだし、氷帝の皆の元へ駆け寄った。


「ふふふ……僕から麻燐を奪うなんて、命知らずだね」
「いや、麻燐から勝手に来たんですが……」


殺気にも近いオーラで呟く不二に、日吉が呆れたように言う。
だがそれも気にしていないのか、


「でも、誘拐されちゃうっていうのは本気で思うよ。こんなに可愛くて愛らしいんだもの」


不二はさらりと言う。
そして跡部や初めて麻燐のこの姿を見た氷帝メンバーは、視線を麻燐へと向ける。
そこには楽しそうに笑い、自分たちを見つめる麻燐(赤ずきん仕様)がいた。


「(くっ……これが、萌えというものか……!?)」
「(あかんあかんあかん!可愛すぎて萌え死にしてまう!)」
「(あーもうこのまま攫っていきたいくらい可愛いC!)」
「(ああ麻燐ちゃん……その笑顔が俺だけのものだったらよかったのに)」
「(こ、れは……っ確かに、反則だな……)」
「(………ウ、ス)」


思わず顔が赤くなってしまうのを悟られないように、麻燐から顔を逸らす皆さん。
小さな麻燐に、赤ずきんという姿はとてもマッチしていました。
それにしても、腹黒い人というのは考えることが本当に恐ろしいですね。


「びっくりだよね!青学の皆が来てくれたなんて!」


いや、それ以上にも驚いたことがあるんですが。
氷帝を代表し、そのことについては跡部が聞くことにした。


「それより麻燐……どうしたんだ、その恰好……」
「あ、これ?」


麻燐は指摘されて初めて、自分の衣装を皆に見せるようにひらりと回った。
その姿さえも可愛いと心で思っている氷帝と青学メンバーの視線に気づかず、


「クラスの友達に頼まれたの!この衣装を着て、雑貨店の宣伝をしてきてって!」
「それって……今朝言ってた呼び込みのことか?」
「うん!人目につく恰好をすれば、気になって行ってみようっていう気になるからって!だから麻燐、皆の為に頑張ってるの!」


にこっと輝かしい笑顔で言う麻燐。
どうやら麻燐の学園での人気を生かし、さらにコスプレもさせて知名度をいっきに上げようという作戦のようですね。
なかなかやります。


「だから……ほらっ、皆にも宣伝!」


手に持っていたかごから何かを取りだした麻燐。
そしてそれを氷帝のメンバーたちに向けます。
それは、可愛らしい袋に入った雑貨……つまり、雑貨店の商品です。


「いっこ、100円だよ!」


そしてまた、思わずつられてしまいそうな笑顔を皆に向ける。
その純粋で汚れの無い笑顔を見て、氷帝の皆さんは生唾を呑む。


「……ね?ずるいでしょ?むしろ凶器でしょ?こんな顔されたら、断るわけにはいかないッスよ……」


そう背後で呟く桃城の手には、可愛らしい小包。
はっとして青学皆の手元を見ると、すでに無敵の笑顔にやられてしまったのか、同じような小包を一人ひとつ持っていました。


「なんか、してやられたような感じだけど……それでも、悪い気はしないんだよなぁ……」
「うん。むしろ、良い事をしたような錯覚になるよね……」
「ふしゅ〜……向こうの作戦勝ちッスね」


大石、河村、海堂も呟く。
皆さん揃いも揃って……将来、悪徳商法にひっかかりそうですね。


「どうしたの?もしかして……いらない、の?」


困惑しているような表情を浮かべている跡部たちを見て不安そうに、そして悲しそうに呟く麻燐。
そんな表情を見せられた暁には、


「「「いるいるいる!!」」」


こう答えるしかありませんよね。
そして皆さん仲良くひとつずつお買い上げ。
無邪気な後輩を持つと大変ですね。


「えへへ……皆ありがとう。大好き!」


だがそれも悪い気はしません。
いやむしろ、この麻燐の笑顔と言葉があれば……


「「「(可愛いな……)」」」


このように顔を綻ばせてしまうくらい、幸せなようです。


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