そして家に帰り、食卓につく。
今日は麻燐の大好きな料理のため、麻燐は嬉しそうに笑顔になっていた。


「ごめんね、麻燐ちゃん。明日はパパ、大切な仕事で学園祭を見に行けなくて」
「ママも、どうしても断れない用事があるのよね……」
「ううん、気にしてないよ!ママもパパも、お仕事頑張って!」


本当は寂しいだろうが、決して表情に見せない優しい麻燐。
そんな麻燐の心遣いに二人は気付いているのか、きゅんと胸を鳴らす。
そうして、まるで自立していく娘を見るような目で、


「優しい麻燐ちゃん……。やっぱり私の育て方が良いのかしら……」
「うんうん。麻燐ちゃんはママに似ているからね」


双方が呟いています。
そんな二人を見て、麻燐は二人が見に来られない分も明日を楽しく過ごそうと心に決めました。
楽しい夕食の時間も過ぎ、あっという間に夜も更けていきます。
そして………

学園祭本番の朝。


「それじゃあママ、パパ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。また感想を聞かせてね」
「麻燐!知らない人にはついていっちゃいけないよ!」
「もうっ、麻燐はもう子供じゃないもん!」


そんな、朝の恒例の挨拶も済ませ、学校へと向かいます。
麻燐は余程楽しみなのか、道中急ぎ足で進みました。
そして学校へ着くと、そこにはいつもの学校とは違う様子が見て取れました。


「うわぁ……」


昨日、麻燐たちが帰る頃にもまだ準備をしている生徒は多数いました。
その生徒のほとんどは、校舎の外装をより学園祭の豪華さを演出するもの。
今までとは全く違い、華やかな飾りで彩られている校舎を見て、思わず目を奪われる麻燐。


「麻燐さん……」
「あ、樺ちゃん先輩!」


校門で立ち止まっている麻燐に声をかけたのは樺地。
麻燐はぱあっと笑顔になり、樺地に一目散に抱きつきました。


「おはよう!」
「ウス」
「すごいね、こんなに綺麗になるなんて!」
「ウス」
「今日の学園祭、すっごく楽しみ!樺ちゃん先輩も、一緒に楽しもうね!」
「ウス」


お互いに朝から気持ちの良い会話……?を交わし、二人で玄関へと向かう。
その途中、樺地が麻燐に、


「部室に……来てください……」
「え?でも今日は、朝の部活はないって……」
「皆さんが……呼んでます」
「皆が?じゃあわかった!行く!」


考える素振りもなく、すぐに決めた麻燐。
部活もないのに、麻燐を呼び付けるなんて一体何の用事なのでしょうか。


「おはよう!皆!」
「「「おはよう」」」


部室に入るなり、元気に挨拶が飛び交います。
そしてがばっという効果音がつきそうな勢いで抱きついた芥川。


「ジロ先輩?どうしたの?」
「へへっ、なんでもないよ!ただね、俺、麻燐に聞きたいことがあるんだC〜!」
「ん?なあに?」
「くそくそジロー!抜け駆けはずりーぞ!」
「そうやそうや!俺がどんだけこの日を待っとったか!」
「こういう時ばかり覚醒して、全く性格が悪い人ですね」


どうやら芥川が真っ先に抱きついたのは、抜け駆けをするためのようですね。
後ろで悔しそうに叫ぶ向日、忍足、鳳。
その声を全て聞きとったのか、芥川はくるっと振り向き、


「うるさいなぁ。俺が麻燐と話そうとしてるんだよ?少しはミジンコみたいに黙っていられないの?」

「「「(こええ……!)」」」
「ちっ……」


その表情はもう、天使というよりは悪魔……いや、魔王にすら近いものを感じました。
場の雰囲気を一瞬にして凍らせてしまいそうな声音。
それがより、芥川が真剣だということを表わしています。
そして悔しそうに舌打ちをしたのは鳳。こちらもおっとり後輩キャラの存命が危うそうです。


「それでねっ、麻燐ちゃん!」


またくるっと、今度は麻燐の方を向く芥川。
先程の表情の持ち主と別人じゃないかと思わせるくらい輝きをもった笑顔です。
だが、そんな態度の温度差に全く気付いていない麻燐は、同じような笑顔で芥川の言葉を待っています。


「麻燐ちゃんは、今日の学園祭のお仕事、どうなってるの?」
「お仕事?えーっとねえ……確か、午前中に呼び込みをするの!」
「「「呼び込み!?」」」
「うん!1年生の教室は上の階だから、もっとたくさんの人に来てもらえるように宣伝するの!」


太陽のように明るく答える麻燐。
だがそれと反対に、少し落ち込んだ人が。


「Aーーー!?俺は午後に仕事あるC!!」


芥川が物凄く残念そうに叫ぶ。
それを見てにやりと笑った人物が一人。


「ふっ……やっぱり、ジロー先輩は性格だけじゃなくて運も悪いんですねえ」
「はぁー?そう言う鳳だって午後に仕事あるでしょ?」
「俺は別に構いませんよ。お化け屋敷で麻燐ちゃんの可愛い姿を見ることができますし」


この話の内容からすると、麻燐と一緒に学園祭を回ろうと画策していたようですね。
そして芥川は午後に仕事があるため、麻燐と空いた時間を回ることができないと。
なるほど、だから部室にまで呼んで確認しておきたかったんですね。


「………こうなったら、一服盛って俺が午前のシフトに……」
「おいおい、ジロー。さすがにそれはだめだぜ」
「ん?なんのことー?」
「天使の笑顔で言っても無駄だ」


宍戸の制止の言葉にナチュラルな笑顔で誤魔化す芥川。
もうこの場にはその笑顔に誤魔化される人物はいないと思いますが……。


「あはは、冗談だって。…………ちょっと脅すだけだC」
「それもだめだ!」


だが、こいつならやりかねない。
学園祭が始まる前から不安を覚えた宍戸。


「ふっ、ということは、やはり麻燐は俺様と学園祭を回ることになるな」
「何を今更言うとんねん。そのためにあんな出し物にしたんやろ」


跡部がさらさらと髪を掻きあげて言う。
とてもわざとらしいですね。
それに脱力感を覚えながらも丁寧にツッコむ忍足。


「でも、俺も暇やし?一緒に……」
「ア゙ァァァァァァァン?」


すごくドスのきいたアーンとともにメンチを切る跡部。
学園の跡部様……跡部財閥の息子……いやその前に、人としてその顔はどうかと思います。


「な、何もありません……」


そしてそんな般若のような跡部に忍足も何も言いません。
もはや跡部の一人勝ちになりそうなその時、


「皆で回ろうよ!」
「「「えっ……」」」


あまりにも無邪気に、そして純粋に言い放たれた言葉。


「せっかくの学園祭なんだもん!皆で回ったら楽しいよね!」
「麻燐……だが、」
「景ちゃん先輩も、皆と遊びたいよね?」
「っ……」


言えません。
ここで、先程まで物凄く大人げない顔でそのことに反対していたとは言えません。
こういう時はもちろん、


「ああ……そう、だな」


Winner麻燐!
鶴の一声……いえ、もはや麻燐の一声です。


「ねっ!じゃあ、午後の映画鑑賞が終わったら、皆で回ろうっ!」


1日目には大きなホールのような場所で映画鑑賞会がありますからね。
それが終わってから、再び学園祭を回る時間が訪れることになります。


「あ、皆もよかったら、麻燐のクラスに遊びに来てね!」


そして自分の出し物へと誘うことも忘れない。
抜かりはないようです。


「おう。分かった」
「じゃあそろそろ準備しに行かねーとな」
「うん!えへへ、今から楽しみ!」


これからは各教室で簡単なHRを行い、開会式という流れです。
そして開会式が終わればいよいよ学園祭の開幕。
楽しみという気持ちが今にも溢れだしそうな麻燐は、始終笑顔で皆に教室まで送ってもらいました。


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