「がっくん先輩!?」
「ちょっ……麻燐、しーっ……!」


意外と身近な存在だと分かった麻燐は、驚いて少し声を上げる。
それをなっちゃんは慌てて口元に指を当てる。


「あ、ごめんね……びっくりしちゃって……」
「ううん……」
「でも、がっくん先輩だったら麻燐が呼んであげられるよ」


お友達だから!と胸を張って言う麻燐。
でもなっちゃんは不安そうな表情のまま。
緊張しているのでしょうか。


「……やっぱり、迷惑なんじゃ、」
「なっちゃん」
「?」


急に真剣な表情になった麻燐に、なっちゃんも思わず口をつぐむ。
じっと見つめながらなっちゃんの手を握った麻燐は、


「恋する乙女はね、なりふり構っちゃいけないんだよ!」
「(それはそれでどうかと……)」


あまりにも真面目な顔で言う麻燐に、心の中で優しくツッコむなっちゃん。
その優しさに感動です。


「だからほら、行こう!」
「……えっ!今から?」
「そのために先生に嘘ついちゃったんだもん」


嘘と言っても、全く騙せていませんでしたが。
それでも麻燐は大丈夫だと思っているようで、なっちゃんの手を取り3年の教室が並ぶ階へと足を進めます。
こんなことができるのも、麻燐だけだと思いますが。


「えーと、がっくん先輩の教室は……」


一つ一つ、教室を確認しながら進む麻燐。
途中、廊下などで作業をしていた麻燐ちゃまファンクラブの方たち(男女混同)は麻燐を目で追ったり、声をかけたりしていました。
もう完全に人気者ですね。
その様子に少しなっちゃんは困り気味のようでしたが、大人しく麻燐について行きました。
そして、


「ここだ!」


ついに向日のいる教室へ。
教室内に向日が活動している姿を見つけ、


「がっくん先輩ーーー!」
「っ、麻燐、こ、心の準備がっ……!」


行動あるのみ!といった感じで向日を呼ぶ麻燐。
隣にいるなっちゃんは始終心臓をバクバクさせながら、思わず教室から目を逸らしました。


「麻燐ちゃん!どうしたの、俺に会いに来たC〜?」


向日を呼んだにも関わらず、先に芥川が飛び出してきました。
本当、麻燐のこととなると行動がお早い……。


「おいジロー。呼ばれたのは俺だろ!」
「A〜!でも俺だって麻燐ちゃんに会いたかったC!」
「お前さっきまで眠りかけてたじゃねえか!」


どうやらこの教室では作業が順調に進んでいたのか、芥川は休憩をしていたようですね。
そんな二人のやりとりを微笑ましそうに見ていた麻燐ですが、


「あのね、今はがっくん先輩に用があるの!」
「そうなのー?」


芥川が不満そうに言う。ですが、すぐ麻燐の隣に居た女の子の存在に気付く。
そして何かを理解したように、


「ふうん……。わかった、今は特別に麻燐ちゃんとお話しする許可をあげる!」


物分かり良く、そう言いました。こういう時ばかりは空気を読むみたいですね。


「本当?ありがとう!」
「……俺は別にいいんだけどよ、許可って……」
「がっくん先輩、早く早く!」
「う、うおっ!」


どこか釈然としない様子の向日だったが、麻燐に引っ張られどこかへとつれていかれました。
もちろん、反対側の手にはなっちゃんも。
そして、3人は教室からは少し離れた、階段の踊り場まで来ました。


「……それで、俺に用って……」
「あ、がっくん先輩、用があるのはね、麻燐じゃなくてなっちゃんなの!」
「そういえば……さっきから麻燐と一緒に居たな」


ここでようやく向日は隣で恥ずかしくて目を合わせられない様子のなっちゃんを見た。
憧れの先輩を目の前にし、加えて見つめられていると分かり……緊張が絶頂に達しているなっちゃん。


「なっちゃん、頑張って……!」


その様子に気付いたのか、麻燐は耳元でそう応援を送る。
なっちゃんは何とか緊張で破裂しそうな心臓を抑え、一歩前に出る。


「あ、あのっ、向日先輩!」
「お……おう」


目の前のなっちゃんの気迫に押されている向日。
一体何なのかと状況を理解する前に、


「そのっ、こ、これ……!わ、私が作ったんですけど……」


差し出されたのは、小さな可愛らしい紙袋。
どうやら中に、なっちゃんが先程言っていた向日に渡したいものが入っているのだろう。


「よかったら、もらってください……!」


さすがに恥ずかしさで向日の目を見ながら言うことはできなかったが、はっきりと、そう言う。
向日に差し出している両手は微かに震え、それがなっちゃんの感情を物語っています。
そのことに気付いた向日は、驚きよりも先に、優しい気持ちになった。


「ああ、さんきゅ。ありがたくもらうぜ」
「っ……!」


小さな袋は、向日の手に渡る。
そんな事実が、なっちゃんには信じられないようで。
自分の気持ちを込めて作ったものが、大好きな先輩の手にある。
それだけで嬉しくて。なっちゃんは頭の中が真っ白になった。


「よかったね、なっちゃん!!」


その出来事は麻燐も嬉しかったようで、思わずなっちゃんに抱きつく。
なっちゃんも気持ちが高揚しているのか、同じように抱き返した。


「ありがとう!がっくん先輩!」
「……麻燐、どうしてお前が礼を言ってんだよ」
「なっちゃんの気持ち、受け取ってくれてありがとう!」
「あー……まあ、こういうのは、確かに嬉しいしな」


心なしか照れている様子の向日。珍しいですね。
こういう時ばかりは先輩らしく男らしく見えます。


「ありがとうございます……向日先輩……っ」
「いや、それ言うの俺の方だから。ありがとな。えーと……なっちゃん?」
「っ!?」


名前が分からなかったため、向日は麻燐に倣ってあだ名で言ったわけですが。
さすがのなっちゃんも、それには恥ずかしさが限界を超えてしまったようです。
顔を真っ赤にして走り去ってしまうなっちゃん。
あっ、と驚いた様子の麻燐は、急いで追いかけようとする。
その前に、向日の方をくるっと向いて、


「がっくん先輩、なっちゃんと仲良くしてあげてね!」


そうまるでキューピットのような笑顔で告げました。
そしてまた背中を向け、なっちゃんを追いかける。


「(あ〜〜〜……可愛いな)」


思わずその笑顔に見惚れる向日。


「……って、ちょっと待てよ」


確かにこうプレゼントされるのは嬉しいが。
麻燐が自分を呼び出したのは、なっちゃんからのプレゼントを受け取らせるため……。
そう考えると、どこか複雑な感情になる向日。
そして、ふと袋の中を覗いてみる。
そこには、丁寧に一つ一つ編み込まれたビーズで作られた、テニスボールの形をしたキーホルダー。


「……綺麗だな」


手作りだから余計に、作った人物の気持ちの込められようがよく分かる。
今は何となく複雑な気持ちだが。
やはり嬉しいものは嬉しい。
壊れ物を扱うかのように袋に入れ直し、ポケットの中に大事に忍ばせた。


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