朝、いつものように泣きついてくるパパを振りきって登校する麻燐。 今日は普段よりちょっぴり楽しそうな表情です。 その理由は、 「おはよう麻燐ちゃん。今日はようやく、クラスの出し物の準備の日だね」 今鳳が口にしたように、いよいよ本番が明日となった学園祭の準備をする日なのです。 と言っても、午前までは通常の授業を受け、午後からが準備時間ですが。 部室内でもちらほら、楽しみにしている人物がいます。 「あーっ楽しみだぜ!」 「あれあれがっくん?本番じゃないのに嬉しいの?」 「あったり前だろ!授業がないんだぜ!」 ……と、向日は不純な動機を持っているようですが。 それよりも気になるのが、芥川が麻燐が来る前から覚醒していることです。 いつもは麻燐が来てようやく生きる努力をし始めたかのような素振りを見せるのに。 今日は初めてと言っていい程、清々しい笑顔で麻燐を迎えました。 「ジロ先輩も楽しみなの?」 「そうだC〜!いつもは準備するのも退屈なんだけど、今年は麻燐ちゃんが楽しんでくる姿を想像しながら頑張って準備するからね!」 「わぁ、嬉しい!ありがとう、ジロ先輩!」 と、こちらもあまり純粋に学園祭を楽しみにしているわけではないようですね。 いつもながら空気の違うやり取りに、宍戸は少し肩の力が抜ける。 「ったく……どいつもこいつも浮かれやがって」 「いいじゃないですか、せっかくの学園祭ですから」 「そうや、宍戸もちっとははしゃいだらどうや?あ、麻燐ちゃんとはあかんけどな!」 聞いてもいないのにそんなことを言い出す忍足を尻目に、宍戸は頭を掻く。 全く、今まではこんな風に浮かれてなんていなかった連中が。 麻燐が居るなんて理由で……こうも変わるなんて。 「(激ダサ……)」 「りょー先輩も、楽しみだね!」 「へっ?」 「麻燐、今日頑張ってたくさんてるてる坊主さん作るね!明日が晴れて楽しい日になるように!」 「(………ああくそっ!!可愛い!!)」 あまりにも純粋無垢に笑う麻燐に、宍戸もノックアウトです。 先程まで乗り気じゃなかった気持ちが嘘のようです。 麻燐の為にも、自分も家に帰ったらてるてる坊主を作ろうかなんて考えていると、 「ふっ……麻燐、そのことなら心配するな」 「ほえ?」 「明日は、跡部財閥全ての力を尽くしてでも晴れにしてみせるからな!」 「「「(いくらなんでも天気は無理だろ)」」」 自信満々に言う跡部に、誰もが心の中でツッコむ。 口にしてはいけないと皆さんは思っているみたいですね。 「さすが景ちゃん先輩!ありがとう!」 そして跡部の言葉を信じて疑わない麻燐。 跡部なら何でもできると思っているんでしょうか。それとも跡部渾身のボケだと思っているのか。 そんな話をしていると、あっという間にチャイムが鳴り、 「あ、もう時間ですね」 「もっと麻燐ちゃんとお話したいんやけどなぁ」 「ほんとうだC!まだ麻燐ちゃんと熱い抱擁もしてないのにー」 「いつもしてないでしょう」 芥川のジョークに、日吉が目を細めて鋭くツッコむ。 始終そんな調子で朝のミーティングは終了しました。 それから午後の準備時間になるのは早く、 「さて、それでは準備を始めましょうか」 麻燐のクラスも、担任教師のその言葉によって、準備が始められようとしていました。 「それでは、男子の皆さんは教室の飾りつけを、女子の皆さんはそれぞれ作った雑貨を綺麗にラッピングしてください」 「「「はーい!」」」 温厚そうな担任教師の言葉に気持ち良く返事をし、各々準備に取り掛かる。 麻燐のクラスの出し物、雑貨店はそう広い場所を必要とするわけではないので教室を使うことになった。 あとは、どれだけお客の注目を集め楽しんでもらえるか。 「麻燐ちゃん、たくさん作ってきたね」 「うん!可愛い物を作るの好きだから!」 「はぁ〜。ほんと、麻燐には敵わない気がするよ」 麻燐は多数の女の子と混ざり、作ってきた雑貨を可愛らしい袋に入れてリボンで結ぶ、という仕事をしていた。 やはり同年代の子との会話は楽しそうです。 それに加え、落ち着いて見ていられるのでいいですね。 「え?でも、なっちゃんの作ったビーズのアクセサリーも可愛いよ!」 「わ、私は本を見て作るのがやっとだから……。これだって、1つ作るのに1時間かかったし……」 麻燐の隣に居た、ショートヘアが似合う少々クールな雰囲気のなっちゃん≠ニ呼ばれた人物。 クラスの中のお友達の一人です。 「それだけなっちゃんの想いが込められてるってことでしょ?」 「っ……」 「だからね、きっと買う人もすごく嬉しいと思うよ!」 「……そう、かな……」 「うん!だから自信もって!」 両手の拳を胸の前に持ち、にっこり笑う麻燐。 そんな麻燐の表情に解されたのか、なっちゃんは少しだけ表情を緩め、 「……あの人も、喜んでくれるかな」 「え?」 「あっ、ううん!何でもない!」 思わず漏れた、というような呟きを麻燐は聞き逃しませんでした。 「もしかしてなっちゃん、自分の作ったもの、渡したい人がいるの?」 「………!」 ここでまさかの展開。 麻燐が首を傾げて聞くと、なっちゃんは頬を赤くしながら目を逸らした。 どうやらなっちゃんには雑貨を渡したい人がいるようですね。 だが、恥ずかしがり屋なのか、行動に移せないでいる。 こんな時ばかりは麻燐の勘も鋭く、 「それって……好きな人?」 こっそり聞くと、なっちゃんは答えを渋りながらも……こくんと小さく頷いた。 その表情は、恋する乙女のものだった。 こういう時、麻燐は放っておくことができないタイプで。 「じゃあ、麻燐が協力するよ」 「え?」 「せっかく作ったんだから、このまま持ってるのはもったいないよ。あげたい人が持っているのが一番だよ」 にこりと優しく微笑む麻燐に、なっちゃんもだんだんとその気になってきたのか……再び頷いた。 そして、 「先生!」 「なんですか、笠原さん」 「麻燐、お腹が痛いから保健室行ってきます!」 「……!麻燐……」 突然の麻燐の発言に、隣に居たなっちゃんは目を丸くして見つめます。 そして先生も驚いた表情をしたと思うと、すぐに困ったように笑みを作りました。 「………とてもそうは見えませんが」 「なっちゃん、付き添って!」 「あ、うん……」 「って、聞いていませんね」 そういうところがあの部活の先輩たちに似ている……と先生は心で思いながらも仕方なく二人を見送る。 麻燐は先程言ったように、なっちゃんに付き添ってもらう気はさらさらなく、逆に手を引きながら歩いています。 なっちゃんは表面は少しクールに、落ち着いたようにも見えますが。内心はドキドキです。 そして、 「それで、なっちゃんの好きな人って誰なの?」 「……えっと、」 誰も居ない廊下の隅の方まで来て麻燐は聞きます。 その問いに、少しだけなっちゃんは言いにくそうな顔をしました。 だが思い切って、 「む……向日先輩」 と、恥じらいながらそう言いました。 |