「どうも納得いきませんけれど……とりあえず、こちらが台本ですわ」 姉役で落ち着いたものの、やはり王子役が忍足ということで口を尖らせる美衣。 その気持ちを周りの皆さんは十二分に分かっています。 そして机に置いておいた台本を一人一人渡す。 「うわー、俺こんなの見るの初めてだぜ」 「少し緊張してきますね」 向日や鳳がぺらぺら台本をめくりながら呟いた。 麻燐も台本を受け取り、面白そうにページをめくっています。 「麻燐ちゃま、言いにくいセリフとかがあったら遠慮なく言ってくださいね」 脚本を考えた真奈がにこりととても優しそうな笑顔を向けた。 すると麻燐ははにかんだように笑い、 「大丈夫!麻燐、頑張って覚えるから!せっかく真奈おねーちゃんが考えてくれたんだもん」 「っ麻燐ちゃま……!ああ、私、一生の幸せです……」 最上級の笑顔を向けられた真奈は失神寸前。 実際には向けられていないものの、同じように麻燐の笑顔を見た演劇部員二人も同じように崩れそうになっています。 どうしてそこまで変わってしまったのか、疑問の目を向けるテニス部員。 「ま、まあ……要はこれを全部覚えりゃいいんだろ?」 「ふん、こんなの朝飯前だぜ」 「跡部は魔法かけるだけやもんな〜」 「うるさい静まれ眼鏡」 「いちいち俺への態度酷くないか!?」 これも憧れ役を取ってしまったが所以です。 劇が終わるまで、嫉妬の目を向けられそうですね。 「それでは、各自で台詞を覚えて、また前日にでも合わせて通してみましょう」 今日の最大目的、配役決めが終わったところで部長の美衣も安心したように言いました。 その言葉に皆も頷き、もうすぐ下校の時間ということで解散しました。 「しかし、ねずみかぁ〜。台詞は少なくていいけど、なんだかなぁ……」 「……それなら、代わってほしいくらいですよ」 宍戸の呟きに、生気の抜けたような声で言う日吉。 そんな様子の日吉に苦笑しながら肩をたたく宍戸。先輩愛です。 「なんだか急にわくわくしてきた!」 「麻燐ちゃんのシンデレラ、楽しみだよ」 「本番はドレスとか着るんだろ?早く見てみてえなー」 と、演劇の話題に花を咲かせている皆さん。 すると前方に何やら全身コーディネイトをきかせた人物が。 「やあ麻燐ちゃん」 やけに胡散臭い笑顔で麻燐を出迎えたのは榊太郎。 久しぶりの登場にレギュラー陣全員顔をしかめました。 というか、生きていたんですね。 「太郎ちゃん!」 43の下心なんか全く感じていない麻燐は、純粋に榊の元へ駆け寄ろうとしています。 両手を広げて待っている榊。なんとも変態チックです。 「ちっ、樺地!」 「ウス」 気を利かせた跡部が樺地に命令し、榊の元へ行く前に樺地が麻燐を抱きあげました。 少々予想外の出来事だが、急に視界が高くなったのが嬉しいのか喜んでいる麻燐。 「何故だ!?」 「いえ……本能的に……。それより監督、何か用ですか」 ナイス本能と言うしかありません。 少し不貞腐れてしまった43だが、麻燐を危険を晒すよりはずっとましです。 「いや、今回麻燐ちゃんがシンデレラを演じると聞いたのでな」 「「「(誰だよ監督に教えた奴……)」」」 知ったら絶対面倒なことになると思っていたようです。 ここまで信用の無い監督もどうかと思いますが。 「それで、私が特別に演技指導をしてあげようと思ったんだ」 「………はい?」 「麻燐ちゃんが気持ちよく、艶やかに演技ができるように私が全面的に協力を、 」 「(いちいち発言がギリギリだな……)」 「(存在がギリギリアウトだから仕方ないC〜)」 芥川、平然と何を言っているんですか。小声なので榊には聞こえていませんが……。 「それで麻燐ちゃん」 「ん?」 「これから私とマンツーマンで熱い指導を「あっは、何を言っているんですが43のおっさんのくせに」 「今俺超機嫌悪いんだよね〜、監督、それ分かって言ってるC〜?」 「なっ、ちょっ………ぎゃあああああああああああ!」 その場は鳳と芥川によって凄惨な現場へと変わってしまいました。 ちょうど今お二人ともすこぶる機嫌が悪いですからね。 もちろんその様子を見せないように樺地は麻燐を死守し、遠くへと歩き出す。 「なんか……監督が不憫に思えてきたぜ」 「あの性格だから仕方ないとは思いますけどね……」 「それより、あの二人の無敵っぷりに脱帽やわ」 その原因はあなたにもあるんですがね、忍足。 今回ばかりは、あの二人が不機嫌でよかったと思うメンバー。 そして無事に麻燐を自宅へと送り届けることができたようです。 「ふんふんふーん」 そして夜。自宅のリビングで鼻歌交じりで台本をめくる麻燐。 その様子を見つけた麻燐ママは、 「どうしたの、麻燐。本を読んでるの?」 「うん!えーっと、台本!」 「台本?一体何の……」 ママは気になったのか、麻燐の持っている冊子の表紙を見る。 そこには『シンデレラ〜逆ハーレムver.〜』の文字が。 「あら、シンデレラをやるの?」 「えへへ、麻燐がシンデレラだよー」 「なに!?麻燐がシンデレラだと!?」 そこで会話に加わったのはパパ。 シンデレラという単語にいち早く反応しました。 「それは本当のことなのか、麻燐……」 「そうだよ?」 「いかん!今からカメラの用意をしなければ!」 強く握りこぶしを作り、言い出すパパ。 その様子を麻燐はきょとんと見ています。 「ふふ、パパは麻燐が主役をやるから喜んでるのよ」 「ううっ……昔から気の優しい麻燐だからっ……劇をやる時はいつも木や草花を演じていたからなっ……」 涙交じりに思い出すパパ。 どうやら、主役級は自己主張の強い子たちに今まで役を取られていたようです。 それでも喜んで木などの役をこなしていた麻燐。 パパは色んな意味で涙を流しながらカメラのシャッターを切っていたんですね。 「お花の役は楽しかったよ!」 「ああ……っぐす、そうだったな。あんなに生き生きとしたお花役、パパの可愛い麻燐しかできないよ……」 涙を拭いながら麻燐の頭を撫でるパパ。 「ふふ、今まで主役になれなかった方がおかしいのよ。もし麻燐が嫌々やっていたらママが怒っちゃうところだったわ」 「ま、ママ……そうだったの?」 「ええ。だって麻燐はこんなに可愛いんですもの」 パパも中々ですが、ママの麻燐馬鹿度もケタ外れですね。 さすがとしか言いようがありません。 「それで麻燐、シンデレラをやるからには王子様がいるんでしょう?相手はどんな子なの?」 「ちょっ、ママ!一体何を聞いて……」 「ゆーし先輩だよ!眼鏡のね、優しい人!」 「ふうん、侑士くんって言うんだ。どんな子か見るのが楽しみだわ」 「!?見て一体どうするんだいママ!」 「ふふ、もちろん、麻燐のお相手に相応しいか見定めるのよ」 「パ、パパは許さんぞ!!」 ママは至極楽しそうに、パパは不機嫌そうな顔をしています。 そんな二人を見て、ますます学園祭が楽しみになる麻燐でした。 ×
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