そして今は授業と授業の合間の休み時間。 ふと廊下で担任とすれ違った麻燐は、生徒から回収したノートを教室に運ぶのを任される。 普通の生徒なら嫌がるところを、麻燐は逆に喜んでいた。 「本当、笠原さんは優しくて助かります」 「ううん、麻燐はお手伝いするのが好きだから!」 と、こんな感じです。 そうして、多くのノートを両手で抱える。 なかなか重そうだが、麻燐は苦に思っていないようです。 一歩一歩、危なっかしいが教室まで向かう。 すると、 「うおっ!」 「きゃっ!」 麻燐が曲がり角に入ると、向かいから誰かが出てきてぶつかってしまった。 思わずバランスを崩した麻燐はノートを落とし尻もちをついてしまう。 「わ、悪い!大丈夫か……って、お前笠原か」 「あ……えっと、鈴木くん」 「なんだ、お前かよ。心配して損したぜ」 どうやら、麻燐がぶつかった相手はクラスメイトの男子のようだ。 麻燐が尻もちをついている姿を見て、はぁと息を漏らす。 「ったく、相変わらず鈍くさいなー」 「なっ……い、今のは鈴木くんが急に出てきたから……」 相手が麻燐と分かって安心したのか、そんな風に言い笑う男子。 からかわれたと思い、ぷくっと頬を膨らませて言う麻燐。 その表情を見て、少しどきっと胸を鳴らす男子生徒。 ああ、なんという青春の一幕でしょう。 麻燐が手についた汚れを払っています。 次の瞬間、男子が少したどたどしい手つきで、麻燐に手を伸ばします。 立ち上がるのを手伝おうとしてくれているんですね。 そして、 「ほら……つかまれよ」 「あ……、ありが、」 ガシッ。 だが、その男子生徒の手の行方は、 「やあ。わざわざ気を遣ってくれて悪いね」 麻燐の小さくて柔らかい手に包まれることはなく……別の誰かの、大きくてゴツゴツした手に包まれることとなった。 そして一瞬にして寒気と恐怖を感じる男子生徒。 それも仕方がありません。 相手は、 「麻燐ちゃん、大丈夫?俺が手伝ってあげるよ」 そう。 表面は優しく繕っていますが中身は真っ黒な鳳でした。 何故こんなタイミングで来たのか……図ったとしか思えません。 「あ、えっと……」 「ああ、悪いね、急に割り込んだりして。邪魔だったかな?」 「い、いえ……そんなことはありません!」 言いながら不機嫌オーラをMAXにした鳳に気付いたのか、男子生徒は冷や汗を流しながらその場から立ち去りました。 どうやら鳳は後輩だろうが麻燐のクラスメイトだろうが容赦はしないみたいです。 なんと恐ろしい……! 「あれ?行っちゃった……」 「麻燐ちゃんにぶつかったことを反省しているんだよ」 「んー……麻燐、そんなに怒ってないのに……」 「まぁ、素直に謝れない年頃だからね」 邪魔をしたのはあなたです。 そんなこと知ったこっちゃないという笑顔で鳳は言いました。 また新たな犠牲者が増えたところで、鳳は麻燐を立ち上がらせる。 「ありがとう、チョタ先輩」 「いいよ、こんなこと。麻燐ちゃんの為だからね」 「ふふ、やっぱりチョタ先輩は優しい!」 笑顔でお礼を言う麻燐に、鳳も優しく微笑んだ。 そして、今度は鳳がしゃがんでノートを拾い集める。 その行動に気付いた麻燐も同じようにノートを集めた。 一つ一つ埃を払いながら拾うと、 「ありがとう、チョタ先輩!」 「当然のことだよ。それで、これはどこに運ぶの?」 「えーっとね、麻燐の教室だよ!」 「そっか。じゃあ、行こうか」 そう言う鳳の手には多くのノート。 麻燐の手元には元の量の3分の1程度しかありません。 「あ、チョタ先輩!それ、麻燐のお仕事だからいいよ!」 「何言ってるの、麻燐ちゃん。俺も手伝うよ」 「でも……元々麻燐のなのに、麻燐が持ってるの少ない……」 「麻燐ちゃんには多いでしょ?」 優しく宥めるように言う鳳。 だが麻燐は納得していないのか、口を尖らせています。 そんな麻燐を可愛いと思いながらも、 「それに、俺は男だよ?麻燐ちゃんよりずっと力はあるんだから」 「……でも、」 「こういう時、素直に頼られたらすっごく嬉しいんだけどな」 わざとらしく、言ってみせる。 その言葉は麻燐には予想外だったらしく、 「……そうなの?」 「うん。俺、大好きな麻燐ちゃんから頼られたいな」 ちょっと、何告白をしているんですか。 ナチュラルすぎます。 ですが、対する麻燐は全く重く受け取らず、 「わかった!チョタ先輩が嬉しいなら、麻燐頼る!チョタ先輩、ありがとう!」 「どういたしまして」 やっぱりそこはスルーなんだね、と少しがっかりした鳳だが、麻燐らしいと納得した。 そして二人で並んで廊下を歩き、教室へと向かう。 そんな何気ない一時が、幸せだと感じる鳳。 「(こんな気持ちになるの……君だけだよ)」 そんないつもの雰囲気には似合わない言葉を心の中で呟きながら、他愛もない会話をしながら歩みを進めています。 さっき、偶然にも男子生徒とぶつかった麻燐を見つけた時。 男子生徒は麻燐へと手を伸ばし、その手を麻燐も掴もうとした。 その時、自分の中で少しでも嫉妬心が芽生えたことは自分しか知らない。 「ここまでありがとう!チョタ先輩!」 「どういたしまして。何だか今日は、麻燐ちゃんからお礼の言葉たくさん聞いたな」 「えへへ、それはチョタ先輩が優しいからだよ」 ノートを教卓の上に置き、そんな会話を交わす二人。 麻燐は満面の笑顔で鳳を見ていた。 「麻燐ね、そんな優しいチョタ先輩が大好き!」 「っ……」 予想外の言葉に思わず言葉に詰まる鳳。 なんだか珍しいです。 そして、相手をそんなにしてしまう威力の持つ言葉を言ったという自覚のない麻燐は、少し首を傾げた。 「どうしたの?」 「いや……なんでもないよ。ありがとう」 「あっ、今度はチョタ先輩がお礼言った!」 「……本当だね。やっぱり麻燐ちゃんには敵わないよ」 笑い合う二人。実に幸せそうです。 こうして部活メンバーのいない、二人きりで会うことが少ない為か、すごく貴重な時間のように思える。 その後もお互い笑顔で別れを告げた。 「おい、何をそんなに震えてるんだよ」 「お化けでも見たかー?」 「…………お化けよりずっと怖えーよ……」 その後、麻燐のクラスでは一人震えの止まらない男子生徒が居たとか……。 |