跡部が部室を出て行って20分後。
突然ドアが開き、見えたのは勝ち誇ったような表情の跡部の姿。


「お、ようやく戻ってきたんやなぁ」
「どうだったんだ?」


すぐに忍足と向日が駆け寄る。
麻燐も心配そうな表情で跡部を見上げる。


「ふん、俺様にかかればこんなもの朝飯前だ」
「ほんとうっ?」
「ああ。麻燐がさぼったことは、無かったことにされた」
「ま、まじかよ」


跡部がはっきりと言った言葉に、宍戸が目を丸くする。
まさか、本当にそんなことになるなんて思ってなかったんでしょう。


「ありがとう、景ちゃん先輩!」
「ふはは!当然のことだ!」


麻燐に笑顔で擦り寄られ、得意気になる跡部。
そんな二人を呆れたように見ている日吉は、


「というか、それでいいんですか?いくら跡部さんでも、そんなことしたら……」


と本音を吐き出す。
いくら跡部の権力を持ってしても、こんなあからさまな贔屓は納得いかないとでも言いたそうです。


「ふん、心配には及ばねえよ。俺様も、自分のことならともかく、麻燐の成績にまで影響を加えられるわけじゃないからな」
「……それって、自分についてはいくらでも誤魔化しが効くってことか?」
「気にしない方がいいぜ、侑士」


真剣に言っているつもりでも、やはり考えていることはおかしいです。
忍足と向日が言った言葉は気にせず、


「さぼりをなかったする代わりに、今日これから補習を受けるのが条件だ」
「ほしゅう……?」
「ああ。今日授業を受けられなかった分、今から勉強することになったんだが……いいか?」


完全にもみ消すことができなかったことをすまなく思っているのか、傍にいた麻燐の頭を撫でながら呟く跡部。
だがそんな跡部の心配をよそに、


「もちろんだよ!麻燐が授業に出られなかったのがいけないし、お勉強は嫌いじゃないもん!」


そう笑顔で、無邪気に言いました。


「て……天使がいる……」
「大丈夫か鳳。泣くな」


ぶわっと涙が溢れ出る鳳に引き気味に言葉をかける日吉。
なんだかんだ優しいですね。


「さすが俺の麻燐ちゃんだC……」
「誰がお前のだよ、バカジロー」


こちらも涙目になっている芥川を見て宍戸が溜息をつく。


「今からか……少し寂しくなるが、俺たちは俺たちで……」
「?何を言っているんだ宍戸」
「は?」
「お前は来ないのか」
「こ、来ないって……どこに?」


当たり前のことを言うかのような表情をしている跡部に、困惑する宍戸。
自分は何かおかしなことを言っただろうか。
一瞬にしてその理由を考えてみるが思いつかない。
結論、


「俺たちも麻燐と一緒に授業を受けるに決まってるだろう」


おかしいのは自分ではなく跡部でした。


「俺も!元々は俺が悪いんだし、こういう時くらい真面目に勉強するよ!」
「しゃーねえな。俺も付き合うぜ!」
「もちろん俺もや。授業を受ける麻燐ちゃんが見られるのは貴重や!」
「ふふふ、隣の席は譲りませんよ」


宍戸が口をあんぐりと開けている間に、盛り上がる皆さん。


「………俺が、おかしいのか?」
「俺たちが正常なんです。……はぁ、先が思いやられますよ」


どうやらまだ正常な思考を保てているのは宍戸と日吉の二人だけのようですね。


「皆も一緒にお勉強するの?麻燐のせいで……なんだかごめんね」
「麻燐が気にすることは何もない。俺たちがしたいだけだ」
「ああ。それに、麻燐一人で授業なんか受けさせられるかよっ」
「景ちゃん先輩……がっくん先輩……っありがとう!」


だが、どうやらもう話はまとまってしまったらしく、正常な二人がツッコむ隙間はない。
仕方がなく、そのまま流れに乗ってついていくことにしました。


「先生、麻燐を連れてきました」
「ご苦労ですね、跡部くん。ですが、笠原さんを送ってくるにしては人数が多すぎませんか」


麻燐の教室まで来た跡部は担任の先生にそう告げる。
まさかテニス部レギュラー全員で来るとは思っていなかった先生は麻燐の後ろにずらっと見えるメンツを見て眉を寄せた。


「俺たちも補習を受けようと思ってきました」
「ああなんだ、そうですか…………ってはい!?今、何と……」



あまりに衝撃的な言葉に、普段穏やかな先生も目を見開き跡部を見つめました。


「俺たちテニス部も、麻燐と一緒に補習を受けます」
「そ、そんな平然と……。何故そんな結論に至ったのかは分かりませんが、学年の違う君たちが受けて何の得が……」
「麻燐の傍に居ることに、意義があるんです」
「(……跡部くんは、こういう人物でしたっけ……)」


言葉で言わないのがせめての優しさ、でしょうね。


「それに、俺は1年の授業聞いても分からないと思うC〜」
「俺も。苦手な教科とかやばいもんな〜」
「(……ああ、卒業式が待ち遠しいです)」


麻燐の担任の、物腰が柔らかそうな先生にまでそう思われてしまった3年メンバー。
だが、もう来てしまったものを追い返すわけにもいかず、何より麻燐が既にやる気だということで、仕方なく招き入れました。

そして、授業をしているのにも関わらず、真剣に聞いているのは麻燐だけで、他は全員麻燐を見ているという不思議な体験をすることになりました。