「あ、忘れ物!」
「どうしたんだ、麻燐」


階段を降り、廊下をゆっくり歩いている時……麻燐がそう声を上げました。


「あのね、屋上にお弁当箱忘れてきちゃった」
「え?そういえば……手に何も持ってねぇな」
「はは、弁当忘れるとか、麻燐らしーな」
「むう。麻燐そんなにおバカじゃないもん!取ってくるから皆は先に行ってて!」


にししと笑いながら言う向日に、頬を膨らませて反論する麻燐。
心の中で可愛いと思ってしまう向日。
そして、たたた、と駆け出す麻燐に、


「俺もついていこうか?」
「一人で大丈夫だよ!皆が授業に遅れたら大変だもん」
「「「麻燐……」」」


鳳が言ったが、麻燐は笑顔でそう返した。
その心遣いにメンバーたちは感動を覚えながら、その後ろ姿を見送りました。





「えーと……」


屋上への扉を開け、周りを見渡す。
自分たちがさっきまで昼食を食べていた場所には、


「くぁ〜〜…」


相変わらず、芥川が横になって眠っていた。
麻燐は起こさないようにそっと近づく。
そしてふと芥川の顔を見た。


「……ふふっ、気持ちよさそう」


仰向けで大きな寝息を立てながら寝ている芥川。
その芥川の寝顔を見て、麻燐はにっこりと微笑んだ。


「そ〜っと……そ〜〜っと……」


お弁当箱は芥川が寝ている近くに置いてありました。
麻燐はゆっくりと手を伸ばし、お弁当箱を掴もうとする。
起こさないように、少しドキドキしながらお弁当に触れると、


「んんん〜〜〜、麻燐……」
「う、わわっ!」


ふとその手を横から掴まれ、引き寄せられた。
麻燐は思わず芥川の胸の中に倒れ込む。


「じ、ジロ先輩……?」
「ん……むにゃむにゃ……」
「寝てるの……?」


どうやら芥川は寝ぼけているみたいです。
麻燐は驚きながらも、芥川に呼び掛ける。


「ジロ先輩、離して……」


それでも一応起こさないように抜けだそうと思っているのか、呟くような声だ。
必死で手を離れさせようと掴むが、それが逆に芥川に自分の存在を教えてしまっている。


「きゃっ」


ついに麻燐は芥川と平行になるように、横になってしまった。
芥川に両手で抱き締められ、頭が芥川の胸の位置にある。


「麻燐〜……」
「うう……起きて、ないんだよね……?」


そっと、上目で芥川の表情を窺う。
だが、やはり目を閉じて寝息を立てたまま、確かに眠っている。
どうして寝ているのにこんなに力が強いのか、麻燐は疑問に思いながらも、


「ジロ先輩!麻燐を離して〜〜っ」


そう声に出す。
だが、芥川には届かない。
胸板を控えめにとんとんと叩いても、呼びかけても起きる気配がない。
そのうち、


「ああっ!チャイムが鳴っちゃった……!」


午後の授業の始まりを告げるチャイムが聞こえた。
それが鳴り終わると同時に、麻燐は涙目になる。


「ふえぇ……どうしよう、授業さぼってることになっちゃうよ……」


皆と授業に受けたいのか、そう声を漏らす麻燐。
だが、その言葉は誰にも届かない。
どうすることもできず、時間が流れる間に……芥川のぬくもりとあたたかな日差しで、麻燐も眠りに落ちてしまった。





「きて……起きて、麻燐」
「ん……?」


そしていくら時間が過ぎたのか……麻燐は、自分を呼ぶ声が聞こえ目を覚ます。
目を開けると、そこには自分の顔を覗き込む芥川の顔があった。


「あれぇ……ジロ先輩、どうしたの……?」
「俺は、今起きたところだC。それより俺も聞きたいんだけど、どうして麻燐は俺と一緒に寝てたの?」
「うーん……」


麻燐は身体を起こし、ふと考える。
だがすぐに原因を思い出し、一瞬にして目も覚める。


「そうだ!麻燐、忘れ物を取りに来て………」


そして芥川の方を向き、


「ジロ先輩、今何時!?」
「えっ?今は……ちょうど、部活が始まる時間だよ」
「ええっ!…………う、うええ……」
「!?!?どうして泣くの、麻燐ちゃん!」


全てを察した麻燐は、戻らない時間を悔やんで泣き始めた。
事情が全く分からない芥川は、麻燐の涙に動揺しながらも必死で慰める。


「どうしたの?どこか痛いの?苦しいの?あったら言って?俺がさすってあげるから」
「う、ううう……っ」


それでも泣き止まない麻燐に……仕方なく、抱き抱えて部室に向かうことにした。