そして午前の授業は何事もなく過ぎ……今はお昼休みになりました。


「ふぃー……どうやら今日はゆっくり過ごせそうだな」
「そうだな。ちっ……あいつら、意外としつこいからな」


向日と宍戸が、屋上について早々声を漏らす。
どうやら、麻燐の追っかけ……もとい、ファンクラブを捲いてきたようですね。
隙あらば麻燐の姿を見ようと色々なところからファンクラブの人たちが追いかけてきますからね。
自分たちのファンクラブを相手にするよりも手強そうです。


「今日も追いかけっこ楽しかったね!」
「麻燐ちゃん……っその笑顔があれば俺は何にでも耐えられるで!」
「うるせーぞ、侑士」


本当にうんざりとした様子の向日に、ぴしゃりと言われた忍足。


「というか……ただの追いかけっこだと思ってたのか……」


離れたところで日吉が深い溜息をつく。
どうやら、肝心な本人が重要視していないようです。


「まぁいいじゃねーか。妙に神経質になられるよりはな」
「……それはそうですけど」


跡部の言葉に頷くものの、どこか腑に落ちない日吉。
だが、麻燐の感情は理解しようとしてできるものじゃないので、すぐに諦めたようです。


「みんな、早くお弁当食べよっ!」
「そうだね」


そして今日も、楽しいランチタイムが始まりました。
あのテニス部員が……跡部も含めて、地べたで丸くなってお弁当を食べる光景はここでしか見られません。
屋上という人気スポットも、このテニス部が占拠するようになってからは人数も減りました。


「麻燐、麻燐!俺にこの卵焼き、あーんして?」
「いいよ〜。じゃあジロ先輩、あーん!」
「あーんっ」
「ちょ、ジローだけずるいぞ!」
「じゃあ岳人もやってもらったら?」
「麻燐、俺にはこのウインナー食べさせてくれよ!」
「いいよー。はいっ、あーん!」
「あーん!」

「ったく……二人とも、子供かよ」
「そう言いながらちらちら見とるんは、正直やなぁ宍戸」
「全くですね」
「わ、若まで……俺はそんなんじゃねーぞ!」


……と、こんな風に騒いでいるテニス部の近くで楽しくランチを食べられませんからね。
そう、あの全校の憧れのテニス部が。


「う〜〜…っ麻燐も食べさせてもらいたい!」


自分ばかりがして、少し悔しい気持ちになったのか、麻燐が頬を膨らませてそう言う。
すると、


「「「はい、あーん」」」
「ほえっ?」


一斉に皆さんがそれぞれおかずを箸でつまんで麻燐に差し出しました。
こういうところは皆さん気が合うと言うか……。
四方八方から差し出されたおかずを見て、麻燐はきょとんとする。


「ねぇジロー先輩に向日先輩、お二人はさっきしてもらったからいいんじゃないですか?」
「それとこれとは別問題だC〜」
「おい忍足、その箸を除けろ」
「いくら跡部でも、その話は聞けんなぁ」
「つーか、さっき宍戸、自分で激ダサって言ってなかったか?」
「……!や、やる方はいいんだよ……っほら、俺、家でもよく犬とかにやってるし……」
「麻燐は犬とは違いますよ」
「そういう日吉かて、ちゃっかり自慢のおかず差し出すんやな」


皆さん差し出しながらも器用に口論をしています。
妙なところで意地を張るのも、似ていますね。


「麻燐、遠慮するな。俺様のローストビーフヨークシャープティング添えを食え」
「よ、よーく……?」
「んなもんより、俺のハンバーグの方が口に合うと思うぜ?」
「あ……りょー先輩の、おいしそう……」
「待ったぁ!俺のたこ焼きかて絶品やで?」
「うう……」
「お弁当のおかずにたこ焼きですか……」
「やめとけ麻燐。忍足のはたこじゃなくて何が入ってるかわかんねぇぞ」
「ちゃんとたこオンリーや!」


あまりにも皆が必死に自分をアピールするので、麻燐も気が引けてきました。
誰かのを食べてしまったら、喧嘩になるんじゃないかと思っているようです。


「大丈夫だよ、麻燐ちゃん。麻燐ちゃんが一番食べたいと思う物を正直に選んでくれたら」
「……鳳、そう言いながらどんどん麻燐に迫ってるだろ」


気合いが入っているのか、鳳は言いながらも箸を麻燐の口元に近づけています。
そんな行動に気付かない麻燐は、鳳の言葉を素直に受け取ったようです。


「わかった!えーっとね、麻燐が一番食べたいものは……」


麻燐は一度全員のおかずを見て、そして一つにぱくりと食い付きました。


「やったーーー!俺のだC!」


どうやら、それは芥川のもののようですね。
他のメンバーは落胆としたように肩の力が抜けて行きます。


「なぜだ……なぜ俺様のローストビーフ(以下略)じゃないんだ……」


跡部が信じられない、とでも言いたげにインサイトポーズをとります。
そうしても麻燐の気持ちは透けて見えませんよ。


「ん、おいしい!……前からね、ジロ先輩のお家の卵焼き、おいしそうだなぁって思ってて」
「俺のは、母ちゃん自慢の手作りだよ〜」
「すっごくおいしいよ、ジロ先輩!」


ということで……今回のあーん争奪戦は芥川の勝利ということになりました。
他の人たちも残念ですが、潔く諦めたようです。


「くそくそっ!明日は俺も卵焼き入れてもらうからなっ」
「本当?楽しみっ!」


どうやら明日からお弁当のおかずブームは卵焼きになりそうです。





そしてお昼休みもそろそろ終わりに近づいた頃、


「じゃあそろそろ、麻燐を送ってくか」
「そうだな」


伸びをした向日を筆頭に、それぞれがお弁当を持って立ち上がる。
もちろん麻燐も同じように立ち上がりました。


「……ねえ、景ちゃん先輩」
「なんだ?」
「ジロ先輩が、起きないんだけどどうしよう……」


麻燐が心配そうに言うその先には、横になって完全に眠っている様子の芥川。
先程から麻燐が声をかけているが起きないようですね。


「ジローのことなら放っておけ。一度寝るとしばらくは起きねぇからな」
「でも……」
「気にしないで、麻燐ちゃん。気持ちよさそうに眠っているジロー先輩を起こすのも、少し可哀想でしょ?」
「……そう、だよね」


麻燐は芥川を見つめて、


「わかった。麻燐、ジロ先輩のこと、そっとしておく!」
「おりこうさんだね。じゃあジロー先輩には、そのまま安らかに眠っててもらおうね」


その場にいた麻燐以外が、鳳の禍々しいオーラに気付きながらも何も言わなかった。
……言えなかった、という方が正しいですが。
そして芥川を屋上に残し、皆さんは屋上から去って行きました。