「えへへ……」
「どうしたの、帰って来てからずっと蓮くんを見つめて」


麻燐は家に帰ってきてすぐペットの黒猫を抱いてにっこり見つめています。
それを微笑ましいとでも言いたげな目で見つめるママ。


「なんでもなーい」
「蓮くんみたいにパパも見つめてくれないかなー?」
「でも、蓮くんじゃないと意味がないもん」
「ガーン!」


あっさりと拒否されたパパはショックで机に伏せてしまった。
それを大して気にしていない麻燐は楽しそうに蓮を見つめたまま。
にゃあ、と小さく鳴く蓮を見ながら、自分も小さくにゃあと言いました。





そんな和やかな夜も過ぎ、翌朝。
いつものように家を出た麻燐は急いで学校へと向かう。


「あっ!あの後ろ姿……」


すると前方に見えたのは、特徴あるきのこ頭。
麻燐はそれを見て何かを確信したのか、走ってその人物の隣に並んだ。


「わか先輩!おはようっ!」
「麻燐か。おはよう」
「登校中に会うなんて、初めてだよね!」
「そうだな。部活がないせいか……家での自主練の時間が長引くからな」
「えっ、お家でも練習してるの?」
「ああ。古武術の練習はテニスにもつながるからな」
「わぁ……やっぱり、わか先輩はいっぱい頑張ってるんだね!」
「そ……そんなことない。普通だ」


朝だと言うのに何故こんなに元気なんだ、と日吉は内心思いながら目を逸らす。
それでも凄いと日吉を見つめたままの麻燐。


「あ、でも……わか先輩は部活がないと、寂しい?」
「……寂しい?」
「うん。練習できないし……学園祭のことで頭がいっぱいだったけど、やっぱり練習もしたいよね……」


初めての学園祭ということで、練習がなくなっても気にする余裕がなかった麻燐。
改めて思えば、部員にとっては辛い時期なのじゃないかと麻燐は考えた。
その悲しそうな顔を見て日吉は、


「……お前は優しいな」
「えっ?」
「いや、何でもない」
「何て言ったの?気になるー!」
「っひ、秘密だ……」


思わず言ってしまった言葉を恥ずかしく思う日吉。
聞こえなかった麻燐は気になるのか、日吉の袖をひっぱりながら聞く。


「それに、俺は別に練習がなくなっても寂しいとか思っていない」
「……ほんとう?」
「ああ。だから、麻燐が気にすることじゃない」
「……よかったぁ。じゃあわか先輩、皆と一緒に学園祭楽しもうねっ」


そう言って太陽のように明るい笑顔を浮かべる麻燐。


「(それに……この笑顔が見られるだけでも、)」


そんな麻燐の表情を見ると、思わず自分の気持ちもあたたかくなる。
ふと心の中で呟き、はっと我に返る。


「(俺っ……今、何を……!?)」
「わか先輩……どうしたの?」


自分らしくもないことを思ってしまったのか、日吉は思わず口元を手で覆う。
不思議に思った麻燐は日吉を見上げるが、日吉は何でもないとすぐに平静を装った。


「いや……気にするな。それよりほら、着いたぞ。早く部室に行くぞ」
「?……うんっ!」


麻燐は少し気になったが、学校に着いたとなると部室に行くことが優先され、走った。
その姿を見て日吉は心を落ち着かせる。


「(ったく……調子狂うな……)」


だが悪い気はしない。
そして麻燐と二人、部室に足を踏み入れた。
そこにはすでに全員揃っており、入った瞬間視線が全て二人に集まった。
麻燐は普通に挨拶をしているが、日吉は嫌な予感がしてならなかった。


「ひ……日吉……」
「……なんだよ」
「なんでぴよCが麻燐と一緒にいるのさーっ」
「くそくそ、麻燐と朝登校とか羨ましいぜ!」


案の定。
鳳からは何やら悲しげな眼で見られ、芥川と向日にはそう言われました。


「まさか自分、麻燐ちゃんに良からぬことを……」
「忍足さんと一緒にしないでください」
「麻燐、これから俺様が迎えにいってやろうか?」
「跡部さんまで何ですか」


跡部が麻燐の肩を持ち、完璧に保護体制をとる。
もはや癖ですね。
そしてそんな様子の跡部を日吉は溜息をつきながら見て、


「朝、途中で会っただけですよ。麻燐も何とか言ってくれ」
「はーい!朝ね、歩いてたらわか先輩の後ろ姿を見つけたの!」
「……俺にはそれしか考えられねぇんだけど」


宍戸がぼそりと言う。
隣に居た樺地も頷きました。
あなたたち二人は正常で何よりです。


「ふん、それならいいんだ」


疑ったのにも関わらずふてぶてしい態度をとる跡部。
日吉も分かっているのか諦めているのか、何も言いません。


「日吉……俺は、信じてたよ」
「真顔で嘘をつくな」


鳳がにこやかに告げるのに対し、日吉は眉を寄せて言い放った。
確かに、一番初めに絶望的な目で日吉を見ていましたからね。


「はは、冗談やん。日吉がそんなことするわけないって」
「………」
「おお、怖。ちょっとからかいすぎたか?」


忍足が面白そうに言う。
日吉は不満そうな顔をするものの、言い返す気力がなかった。


「まあいい。とにかく、始めるぞ」


腕を組み、偉そうに跡部が言ったことで朝の部活が始まりました。


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