「結構なコスプレが出てきたな……そろそろ被らないといいが」 「大丈夫だと思いますよ。次は日吉ですし」 「何が大丈夫なんだ。そして勝手に順番を決めるな」 日吉が不満そうな顔をして言った。 それに打って変わって鳳は笑顔で、 「だって、審査員の跡部さんは別として、あと残ってるのは日吉と芥川さんだよ?日吉が先に決まってるじゃないか」 「ふーーーーん。鳳だけに、俺に大トリを残してくれているわけ?」 「あはは、つまんなくて涙が出そうです」 「………俺を挟んで喧嘩をするな」 ……今のは管理人が悪かった気がします。 また言い争いに発展しそうなのを察し、日吉は仕方なく用意することにした。 忍足の舐めるような眼差しの先にいる麻燐の手を引き、試着室に入る。 「あっ!日吉、いっちょまえに麻燐ちゃんの手をつないどる!」 「そんなことより忍足、涎を拭け」 「ん、ああ、悪いなぁ宍戸」 もう大丈夫なのでしょうかこの部活は。 それでも優しく忍足にハンカチを渡す宍戸の心遣いが光って見えます。 「……わか先輩、これ…して……?」 「…一人でできないのか?……仕方ないな」 「あっ……わか先輩、きついよ……」 「……あまり動くな。手が滑る」 「………んっ」 「っ樺地、宍戸さんの耳を塞いで!」 「ウス」 「!?!?」 鳳の指示で耳を塞がれた宍戸。 突然のことに目をぱちくりさせています。 「間に合った……。宍戸さんには、少し刺激が強いかもしれません」 「鳳、一体お前は宍戸の何なんや」 「ていうか、中で何が起こってるんだろー?」 見てみたいけど、なんだか悪い気がする。 メンバーは躊躇っています。 「アーン?麻燐の安否を確かめるためだろ」 しかし簡単に退かないのはこの人、跡部です。 少し眉をぴくぴくと動かしながらカーテンを開ける。 その先に見えたのは、 「……何してるんですか」 「あ、もしかして、お着替え長かった?」 浴衣を着た麻燐が両手を上げ、後ろでしゃがんでいる日吉が帯を整えている様子。 一同騒然。まさにそういったメンバーの表情を見て日吉は眉を寄せる。 「完成だ。もう動いていい」 「ありがとう、わか先輩!」 「な、なんや……帯を巻いとっただけかい」 「びっくりしたぜ…」 「それにしては今の会話、エロかったC〜」 「日吉、俺は無実だって信じていたよ」 「………は?」 鳳の爽やかな笑顔にさらに顔をしかめる日吉。 どうやら状況がつかめていない様子。 「ったく、紛らわしい奴だ」 「……まぁ、何にしろ、この季節ですから浴衣なら問題ないでしょう」 何やら面倒なことになりそうなのを察知し、状況説明を問わない日吉。 今までを通して大分賢い判断をするようになりましたね。 「うんうん、確かにかわE〜」 「本当?ありがとう、ジロ先輩っ」 「麻燐ちゃんは何を着てもキュートやなぁ」 芥川と忍足に褒められ、えへへと笑う麻燐。 そして二人の背後に気付きました。 「……亮先輩と樺ちゃん先輩、何してるの?」 「あ…。樺地、もういいよ」 「ウス」 「っらぁ!!……な、何なんだよ一体」 頭を振りながら、こちらも状況が分かっていない人が1名。 そんな宍戸に跡部が一言。 「お前が中学生思考だからだめなんだ」 「お前らも中学生だろうが!」 もっともです。 「それにしても、日吉はなかなか器用やなぁ」 「……着付けは道場で習ってたんで」 「えっ!わか先輩のお家って道場なの?」 「ああ……そうだが」 「すごーい!」 道場という渋い言葉を聞いたからか、麻燐は尊敬の眼差しを日吉に向ける。 そのきらきらとした目を、日吉は見つめることができず逸らした。 さて、ボードに浴衣が追加され、麻燐の浴衣姿も堪能したところで、 「ラスト、俺だC〜!」 「よしジロー、いってこい」 「うん!麻燐、行こっ」 「はーい!」 どちらもにこにこ笑顔で試着室の向こうへと消えました。 芥川はどんな衣装を選ぶのでしょうか。 「どうどう?この服、かわEーでしょ!」 「わぁ可愛い!でも……麻燐、着こなせるかなぁ……」 「大丈夫だって!俺の大好きな麻燐に、似合わない服なんてないC〜」 「ほんとう?えへへ、麻燐もジロ先輩好きだよっ」 「なんか……向こうで告白してるぜ」 「麻燐ちゃんと二人きりなのを良い事に……」 向日が呆れたように呟き、鳳は爽やかに笑顔を保ちつつも内心気が気じゃありません。 そんな鳳を、変わってしまった友人を哀れむような目で見ている日吉は、 「……別に、麻燐は深く受け止めてないからいいんじゃないのか」 「せやなぁ。麻燐ちゃんは俺のことも好きやもんな」 「おい忍足、それは自意識過剰ってもんだぜ」 「え、それ景ちゃんが言うん?」 少しがっかりした忍足をよそに、カーテンが開きました。 そこには、 「じゃーん!見て見て!麻燐ちゃんのゴスロリ〜」 「ごすろり〜」 芥川の真似をして麻燐もにこっと言ってみる。 「……って、なぁに?」 やはり意味が分かっていないようで、可愛らしく首をかしげています。 それにつられ、黒のフリルやレース、リボンが揺れているのがさらにメンバーの心を揺すっています。 「ゴシック&ロリータの略や。甘いロリータに少し辛口スパイスの効いたクールな部分を追加した、一度も二度も美味しいスタイルや!」 「あの、誰ですか、この人」 「自分の部活の先輩や」 「知りません」 そろそろ厳しい日吉から存在を無視されそうになってきた忍足。 それでもめげません。 「まさかジローがそういうの好きやったとはなぁ〜」 「麻燐ちゃんの魅力は、明るい色じゃなくてこういうクールな色の方がぐぐっと惹きだされるんだC」 自分の思い通りの衣装を着てもらったためか、満足げな芥川。 隣にいる、黒に身を包んだ麻燐を見て頭を撫でる。 「確かに、お人形さんみたいに可愛いね」 「俺の魔女っ娘みたいで、似合うな〜」 「でしょでしょ?宍戸はどう思う?」 「俺?俺は……ふ、普通に似合ってると思うぜ……」 「だよね〜!じゃあ、これで決まりってことで、」 「勝手に決めるな」 跡部のキレのいい言葉も入ったところで、最終審議。 「跡部は選ばんでええの?」 「あぁ?俺様はいい。中立する立場がいないとまとまんねぇだろ」 「まー……確かに、そうやな」 忍足も納得したのか、頷く。 「麻燐はどうだ?気に入った衣装はあったか?」 「全部好き!」 「だろうな。……じゃあ、どうしても自分が選んだ衣装がいいって奴はいるか?」 「はいはいはい俺!」 「やっぱりナースさんや!」 「俺のメイド服も可愛かったですよ」 上から芥川、忍足、鳳。 「俺は別にどうでもいいです」 「そっちの3人の衣装も可愛いし、いいんじゃねえ?」 「……もう勝手にやってくれ」 特に推していないのは日吉、向日、宍戸ですね。 「そうか……。じゃあ、お前ら3人はジロー、忍足、鳳の衣装のどれを支持するか言ってみろ」 「そうだなー。強いて言えば、ジローかな」 「俺もです」 「あ、俺は……長太郎で」 向日と日吉が芥川を推し、宍戸は鳳を推しました。 「俺のナースさんは!?」 「潔く諦めろ。お前は何を選ぶ?」 「うう……白衣の天使……。それがだめなら、鳳のメイドさんや!」 ということは、今のところ支持者は同数ですね。 五分五分の戦いということです。 「絶対ゴスロリだC!」 「いいえ、メイドの方が似合ってました」 一歩も引かない両者。 「そういや、樺地はどっちなんだよ」 「アーン?樺地は俺様と同じ意見に決まってんだろ」 「……ほな、跡部はどっちやねん」 「俺様は……そうだな、」 顎に手を当て、考える素振りを見せる。 その様子をじっと見ている麻燐。 全員が答えを待っています。 「……やはり、メイ「そうだ麻燐ちゃん!ただのゴスロリじゃあ寂しいから、猫耳つけちゃおう!」……ジローのゴスロリだ」 「「「(あっさりと寝返った……!)」」」 芥川と麻燐、跡部以外の人の心情が完全一致しました。 「ま、まさかの猫耳萌え……かよ、」 向日が驚嘆の声をあげる。 「麻燐、鳴いてみろ」 「……?にゃぁー」 「よしよし」 「しかももう夢中やし」 芥川によって、黒猫の耳を付けられた麻燐を真っ先に愛でている跡部。 「ざ、残念だな長太郎。けど、また次の機会に……」 あっという間にゴスロリに決まってしまい、落ち込んでいるだろう鳳に声をかける優しい先輩。 「ね……」 「ん?」 「猫耳なんて反則ですよ!俺だって子猫な麻燐ちゃんを見せてくださいよ!」 と言い、すぐに麻燐の元へ駆け寄る鳳。 ぽかんとそれを見ていた宍戸に、 「……宍戸さん、鳳に慰めなんて不要ですよ」 「そうだな……。日吉、来年はあいつのことをよろしく頼む」 「それは宍戸さんの頼みでも嫌です」 何より、これで最大の関門、麻燐の衣装が無事決まりました。 それからは麻燐が着替え終わるのを待ち、いつものように跡部の長い車でそれぞれの家へと帰りました。 今日が終われば合宿まであと3日。 何のハプニングも起こらずに当日を迎えるのを願うだけですね。 ×
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