「チョタ先輩はねぇ、スーツとか似合いそうだなー」
「スーツ?」
「うん!普段ほんわか優しいチョタ先輩が、ピシッとスーツを着ると絶対にかっこいいよ!」
「そ、そうかな……」


こうも直球に麻燐に褒められ、珍しく照れている鳳。


「ほ、ほんわか優しい……!?麻燐ちゃんビジョンは不思議やな……」
「つーか……あの鳳が恥ずかしがってるぜ」


遠くから忍足と向日が呟く。
こう見ていると可愛い後輩たちなのに、と心の中で思っています。


「長太郎、麻燐、ここにスーツがあるぜ」
「あっ!本当だ!」


宍戸が見つけたスーツを掲げると、麻燐はそれを受け取った。
それは黒地に白のストライプが入ったジャケット&パンツ。
ネクタイは白と、なんとも大人で危険な雰囲気が漂っています。


「宍戸さん、それはマフィアスーツですよ」
「あ、そうだったのか。どおりで妙な柄してるわけだ……」
「でもでも、雰囲気は鳳ぴったりだC〜」
「あはは、笑えない冗談はなしにしてくださいよジロー先輩」
「冗談じゃないよ。根性悪そうな雰囲気に丁度いいんじゃない〜?」
「それを言うならジロー先輩の方が似合いますよ」


すぐに口論に発展しないでくださいお二人さん。
スーツを受け取っている麻燐がきょとんとしていますよ。


「どうしたの?もしかして、ジロ先輩も着たいの?」
「違うよ〜麻燐ちゃん、これは鳳に似合いそうだねって誉めてたの」
「(あんなに笑顔で嘘つけるなんて……流石だな)」


改めて日吉が芥川の性質に感心した。
芥川の方が根性が座っているのかもしれません。


「ったく……こんな衣装ひとつで喧嘩すんじゃねえよ。こっちが普通のスーツだろ」
「あ!麻燐のパパが着ているのと同じだ!」


マフィアスーツは置き、跡部の差しだしたごく普通のスーツを手に取る麻燐。
ネクタイは青のストライプと爽やかなイメージだ。


「うん!これなら絶対にチョタ先輩に合う!」
「麻燐ちゃんが言うなら間違いなさそうだね」


鳳が微笑んで麻燐からスーツを受け取った。
どうやら異議はないようだ。


「ちぇーつまんないの。一人くらいネタキャラが居ても面白いと思うC〜」
「だったらジロー先輩が挑戦してみたらどうですか?」


再び喧嘩の火花が散りそうになる。
それを止めたのは跡部。


「二人ともそれくらいにしろ。あと、鳳……これもつけろ」
「?これは……眼鏡、ですか」


鳳は跡部からフレームなしのシンプル眼鏡を受け取った。
麻燐はそれを見て目を輝かせる。


「眼鏡だ!景ちゃん先輩、見つけてくれたの?」
「ああ。眼鏡もプラスするといいんだろ?」


どうやら今朝の発言を覚えていたらしい跡部。
フレームなしというのもポイントですね。


「ありがたく受け取ります」


鳳もお礼を言い、鳳の衣装も無事決まった様子。
もはや衣装選びは麻燐の役目になりつつありますね。
唯一の女の子の意見なので、間違いはなさそうということもあり誰も意見しません。


「……?景ちゃん先輩、悩んでるの?」
「あ、いや……そうだな。なかなかピンとくるものがなくてな」


ここで麻燐が腕を組んでいる跡部に気が付きました。
跡部はそのまま返事をする。
どうやら自分の中で衣装が決まらず迷っているみたいですね。


「じゃあね、麻燐が決めてもいい?」
「何か良い物でも見つけたのか?」
「うんと……さっきから、景ちゃん先輩にはこれだ!って言うのがあって……」
「なんだよ麻燐……ふっ、やっぱり麻燐には俺様の魅力に値する物を見分けることができるようだな……」


とてもナルシストに爽やかに髪をかきあげ、選んでみろと言う。
すると麻燐はにこっと笑顔で頷き周りの衣装を見回した。


「……麻燐が選ぶ跡部の衣装……」
「気になりますね」
「これで麻燐が跡部のことどう思ってるかが分かるC〜」


宍戸、鳳、芥川が興味津津の様子で二人を見つめた。
麻燐は今までその人の雰囲気や性格も考えて衣装を選んでいますからね。
これで率直な麻燐の跡部へのイメージが分かると言うことです。


「やっぱり王様とかの衣装やろか」
「いや、案外……将軍とかそっち系かもしれねーぜ」


忍足や向日も自分たちで予想を立てながら楽しそうに見ています。
そして麻燐が取り出したものは、


「じゃーん!!」


金色のようにキラキラした地の厚く長いコート。
綺麗な刺繍がされてあります。
そして白くて高級感のあるスカーフ。
先が少し尖った艶のあり装飾も派手な黒の靴。
中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかのような見事な貴族服でした。


「………麻燐、」


跡部は少し驚いた様子で麻燐に差し出された貴族服を眺める。
対する麻燐は、いつものように汚れの無い笑顔。


「……どう思う、日吉」
「やっぱり跡部さんのイメージの象徴ではないでしょうか」
「偉そう・高飛車・ナルシストと三拍子揃ってるな」


二人には聞こえないように宍戸、日吉、向日が呟く。
何気に跡部のイメージが可哀想ですね。
その言葉は残念ながら跡部に聞こえたのか、差し出されても跡部は何も言いません。


「これは……麻燐ちゃん、怒られちゃうんじゃないでしょうか」
「それはあらへんやろ……。いくらなんでも、相手は麻燐ちゃんやで」


純粋というのは恐ろしい、とでも言うように鳳と忍足が心配そうに見つめる。


「………麻燐、お前……」
「景ちゃん先輩、綺麗な青色の目をしてるからこれが似合うと思うの!」


複雑そうな顔をした跡部をよそに、麻燐はにこりと笑って言った。
そしてその言葉には誰もが驚いたようだ。
ぽかんと麻燐を見つめている。


「それに、ぴかぴかの髪も……このお洋服みたいに綺麗で輝いてるし、一目見た時から景ちゃん先輩にはこの綺麗なお洋服だ!って思ったの!」
「き、綺麗……だと?」
「うん!それに景ちゃん先輩は……なんていうのかな、」


麻燐は難しそうな顔をして言葉を選ぶ。
そして思いついたのか、


「すごくね、紳士的≠ネの!」
「なっ……」
「「「!!」」」


どうやらその言葉が一番意外だったようだ。
言われた本人も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
こんな風に言われたのは初めてなんでしょうね。


「いつも麻燐のこと心配してくれるし、皆の事も大切にしているから……ママに言うとね、紳士的な人ね≠チて言うの」


麻燐は跡部に貴族服をあてがってみる。


「だから景ちゃん先輩には、このきらきらした王子様みたいなお洋服が一番似合うよ!」


そして愛らしい笑顔を跡部に向けた。
思わず跡部はその衣装を受け取り、麻燐を抱き締めた。
その行動に周りのメンバーはぎょっと目をむく。


「?」
「……ありがとうな」
「どうして、お礼を言うの?」
「なんとなくだ」
「ふふ、変な景ちゃん先輩」
「ったく……お前にはかなわねえな」


学園の跡部様。
普通なら、初めの向日のイメージのような理由で選んだと思ってしまう。
お金持ちだから。
偉そうだから。
だが、麻燐のこの純粋な気持ちには素直に嬉しかったみたいですね。
一人の男として。
紳士的だと言われて。


「お、驚いたぜ……やっぱ、麻燐の考えてることは俺たちには理解できねえな」
「ああ。俺たちはなんか……物事をマイナスに捉えてしまうからな」
「特に忍足は、汚れてるしね〜」
「なっ!し、失礼やろ!」
「なににしても、麻燐ちゃんは本当に凄いですよ」


鳳が微笑ましそうに笑う。


「喜んでくれた?景ちゃん先輩」
「ああ。充分なくらいにな。この衣装に決めさせてもらうぜ」
「よかったぁ!」


跡部の笑った顔を見て、麻燐も安心したのか笑顔を見せる。
この時メンバーの誰もが、跡部の優しそうな顔を初めて見ました。