彼は、少しだけ他の人とは違った。
気が弱くておどおどして、鈍間な私は色んな人に虐められ、嫌われてきた。
廊下を歩けばわざとらしく空間を空けて避けられるし、隣の席に座られると露骨に嫌がられる。
それが日常だった、だからかな、余計にあなたは私の中で目立つ存在だった。
何かを言うでもするでもなく、無関心≠貫いてきたあなたは。
屋上で自傷行為を見つかった時も、あなたは触れないでいてくれた。
私としては、どちらでも良かったのだけれど。なんだか新鮮で、あなたは本当に私に興味がないんだなぁと、可笑しくなってきた。
何事もなかったように景色を見始めたあなたを見て、私も自分で何をしていたんだろうと、その時初めて思った。
それよりももっと可笑しいのが、私がそんなあなたに対して変な気持ちを抱いてしまったこと。
こんな気持ちになったこともないから、断定はできないけど、きっと私はあなたを好きになりかけていたんだと思う。
私に対して無関心≠ネだけだと分かっているのに、私が虐められていることを気にしないで、必要最低限の会話をしてくれることが、なんだか少し嬉しくて。
別に私のことを助けてくれるわけでも、好意を持ってくれるわけでもない、彼のことが。
この気持ちを感じた時に、いよいよ私も限界が来たのだと気付いた。
生きている意味さえも分からない、これから先の希望すら見えない。
そんな私が、誰かを好きになるなんて。滑稽にもほどがある。

だから私は彼にお願いをした。

私をじっと見つめてくる彼の、暗く冷たい瞳に甘えて。
決してその瞳に熱が宿ることはないと、知っていたから。
単なる好奇で私を嬲って、壊そうとするあいつらになんか、決して壊されたくない。
彼の瞳を見て、そう思ってしまった。
どうせ壊されるなら、

「………日吉くんがいいの」

私の生き死ににすら興味のない、あなたがいい。
本当はこの時、口に出てしまいそうだった。
私の好きな日吉くんがいいの、と。
だけどもちろんその言葉は飲み込んで、彼の返事を待った。
この気持ちが本当に好きかは自分でも分からなかったし、彼を困らせるだろうし、何より、彼が私に興味ないことを知っているし。
伝えたところで何も変わらない。これから彼に壊されたいのに、それを伝える必要がある?
成就するような想いでもない。それならば、閉まっておくほうがいい。
そして彼からの返事は、了承の一言だけだった。
説得も慰めもなにも言わず、わかったとだけ言った。彼らしいと私は笑った。
きっと彼なら、私を後押ししたこともすぐに忘れてくれる。
何事もなく明日も明後日も過ごしてくれる。
それが悔しいとも悲しいとも何も思わない。好きな人の手によって壊されるのなら、私はそれで満足だった。これは我儘かな?
フェンス越しに初めて触れた彼の指は少し硬くてあたたかかった。
そんな必要もないのに、最後の最後、私に触れてじっと見つめてくれた彼。
こんなお願いを聞いてくれた彼に、「優しいね」とお礼の意味も込めて囁いた。
この指先のぬくもりだけで、私はあなたに壊される意義を感じたよ。
だけど、少し予想外のことが起きた。

「………ごめんな」

私の最後の言葉に少しだけ驚いたらしい彼が、少し……本当に少しだけ、眉を寄せて、切なくも聞こえる声音で言った。
ああ、彼は気付いたんだ。気付いてくれたんだ。気付いてしまったんだ。
私の気持ちに。報われない気持ちに。得体のしれない気持ちに。
最後まで閉まっておくつもりだったこの気持ちを知ってしまったんだ!!!


ゆっくりと私を突き飛ばす彼の指のぬくもりを噛み締めながら。
きっと、最後の情けと私から目を離さず見送る彼に、私は壊れながら叫んだ。





私が彼に壊されたい理由。

ありがとう!!ありがとう日吉くん!!気付いてくれたのね、私あなたを好きになってしまってたの!ああ、そんな顔で謝らないで!好きな人に壊されて、見送ってもらえて私は幸せだよ!こんなに幸せだと思ったの初めて!だってあなたは私を壊してくれた!最後の最後に!私の気持ちに答えをくれた!本当に素敵なことだよ!あなたは私を好きになってくれない!だけど、最後に私に興味を持ってくれた!罪悪感を抱いてくれた!ああ、好き!好きだよ日吉くん!あなたの心の中に、棘でもいい!そんな小さな異物として残ることができるのなら、私は壊れてよかったって、あなたに壊されてよかったって思えるの!日吉くん!!私、あなたを愛し―――