俺には大好きな彼女がいる。
まだ付き合うことになってから1ヶ月も経っていなくて、でもずっと同じクラスだったから彼女のことは誰よりもよく知っているつもりだ。
告白したのは俺からで、彼女はすごく驚いていた(その顔もすごく可愛かった)けど、すぐに口元を綻ばせて、めいっぱいの笑顔でありがとうと手を取ってくれた。
ああ、今思い出しても顔がにやけてしまう。
好きな子と両想いになるなんて初めてだったし、なんていうんだろう、うまく表現できないけれど、とても幸せで満ち満ちていくのを感じた。

今日は部活が休みの日だが、部長と副部長が集まるミーティングがあったため、少し遅れて彼女を教室まで迎えにいく。
付き合うようになってからは可能な限り一緒に居るようにしている。
夏も始まったばかりで、部活は大変だけど彼女はよくそれを理解してくれている。
だからこそ、こうして余裕のある時くらいは時間の許す限り彼女と共に過ごしたい。
不思議だね、いつも教室で会っているのに。
俺にはその時間では全然足りないよ。
自然と、廊下を歩く足取りが早くなる。まだこの時間は生徒も多く残っている。
その波をかき分けるようにして俺は教室へと急いだ。
早く彼女の顔が見たい。
きっと、待ちくたびれていることだろう。
俺が教室に入ると、小動物のような彼女はすぐに気付いて、尻尾があったらはちきれるくらいに振って、俺の元に駆け寄ってくる。
そんな姿が安易に想像できて、また待ち遠しくて。
好きが加速するように、俺の足は速くなる。

そしてようやく、教室の前にたどり着いた。
ドアは風通しをよくするためか、全開にされていて、すぐに教室の中が見ることができた。
足を踏み入れるより先に、彼女の席を見た。本当に、俺はせっかちだなぁ。
宿題でもしているのか、読書か、または携帯でもいじっているのか。
そんな予想を立てていたのだけど、

「………?」

彼女の席には、座っている彼女と、隣の席の椅子を借りて話をしている他の男子生徒の二人の姿。
向き合って和やかに談笑している光景が目に飛び込んできた。
その光景を見て、俺の足は瞬時に止まる。
見えない壁があるかのように、教室の一歩手前で。
そして目をぱちくりとさせて、首を傾げた。

どうして彼女は俺以外の人物と話をしているのだろうか?

ごくごく自然に、小さな疑問として俺の脳裏に浮かんだ。
いや……それを疑問と呼ぶにも、俺には大袈裟すぎるくらいの出来事。
それにしてはあまりにも突飛すぎて、俺の思考は止まってしまう。
言葉も全て奪われたように、その場に立ち尽くした。
だって、必要ないじゃないか?
彼女には俺がいるのだから。
他の人物と話をする必要なんて、皆無じゃないのか?
だって俺がいるのだから。俺だけいれば、いいのだから。
彼女に必要なのは俺だけなんだから。
彼女が話したいことは俺が全部聞くし、彼女が知りたいことがあれば俺が全部教えてあげる。
………ほらね?俺以外必要ないじゃないか。

「あ、精市!」

談笑の途中、彼女が俺の存在に気付いてその場を立ち上がる。
自分の荷物を持って、それじゃあねと話を切り上げて、挙句に笑顔で手を振って、俺の元までやってきた。

「ミーティングおつかれさま!」
「……ねえ、彼は?」

笑顔で俺を労ってくれる彼女。その笑顔は百点満点だけど、さっき彼らに向けたものと同じだよね?
彼らに笑顔を見せる必要なんてあるのかな?
その笑顔は俺だけに見せるもので、いいんじゃないかな?

「彼はって……同じクラスメイトじゃない」
「それは分かってるよ」
「……あっ、そっか……ごめんなさい、もう付き合っているんだから、他の男子と話してると気分悪いよね」

彼女は気付いたのか、はっとして申し訳なさそうに眉を下げた。

「本当にごめんなさい、まだ精市と付き合ってるっていう実感がなくて……あまりにも夢みたいというか……でも、今度からは気を付ける。だから、浮気とかじゃ全然ないから、安心して!」

言いながら、彼女はちらっと先程話をしていた男子生徒を見る。
話の内容と俺たち二人の視線に気づいたのか、申し訳なさそうに手を合わせて頭を下げていた。

「……何を言ってるんだい?俺は、君が浮気をする心配なんて微塵もしてないよ」
「ほ、本当?」
「もちろん」

それは俺の本心。嘘でも強がりでも彼女に対するフォローでもない。
俺の大好きな彼女が、俺以外の男を好きになるわけがない。分かり切ってる。
そんなこと彼女に言われるまでもないし、ましてや彼に謝られる筋合いもない。
ただ純粋に、他の人物と話をする必要がないと思っただけだよ。

「俺は君のことを一番よく分かっているからね」
「精市……ありがとう。でも、今後は男子と二人きりで話をするのはやめるね。心配はしないかもだけど、私も疑わしいことはしたくないし、これも一つの付き合うけじめだもんね!」

優しく頬を撫でながら言うと、彼女は安心したのか表情が柔らかくなった。
だけど、残念なことに彼女はよく分かっていないみたい。
他の男と二人きりで話すことが駄目、というわけじゃなくて、他の人物と話すことが駄目なのに。
たとえそれが女子の友達グループであっても、先生であっても、身内からの電話であっても。
君には俺だけいればいいんだから。

「……そうだね。これからお互いに、けじめをつけることがたくさんできそうだ」
「うん!私もお付き合いは初めてだし……お互い、少しずつ恋人≠ノなっていこうね」

どうやら、彼女と俺の価値観は少し違うみたいだから。
少しずつ教えていってあげよう。
俺は君だけいればいいよ。他のものなんて何も必要ない。
君だけを見ていたいし、君の声だけ聴きたいし、君だけを愛していたい。
それはごくごく普通の、自然のことだろう?
だから君も、俺だけを見て、俺の声だけを聴いて、俺だけを愛してね。


そうすれば、お互いに幸せな恋人になれるだろう?





俺には君だけ、君には俺だけ、これで全て解決するね。

何も難しいことはないよね。