「なあ、頼むよ」

俺は目の前で白目を剥いてがくがくと痙攣している男に対して言った。
そいつは、金魚のように口をぱくぱくと動かしその端から泡を吹かせていた。
もう瀕死の状態のそいつに、俺はもうひと振り、刃物を腹部へと降ろす。

「俺にお前を殺させないで」

最初に喉を裂いたからか、出せない悲鳴がひゅうと空気となって喉から零れる。
そして全身が真っ赤に染まるそいつを、どこか慈悲深い表情で見つめた。
人気のない路地裏での出来事だった。

「お前のことは友達だと思ってたのに」

悲しい口振りで話し続けるも、きっと本人には届いていない。
俺は本当に、心から、悲しいと思っているのに。まあ嘘だけど。
だって仕方のないことだから。俺がお前を殺しているのは。
悪いのはお前だから。俺の愛した彼女に近づこうとした、お前の所為。

「まさかそのお前が彼女に近づこうとするなんてね」

少なからず友達だと思っていたのに。
俺の大切な大切な彼女を奪おうとするなんて、酷いことするよな。
ちょっと、俺が彼女に距離を置かれたからって。
ちょっと、「ごめんなさい、終わりにしよう」と言われたからって。
俺が彼女の為を思って離れている間に横取り?そりゃあねえよなあ。

「だからこれは、お前への罰なんだ」

彼女は今悩んでいるんだ。俺との関係について。
俺の大きくて深い愛情に、いじらしく遠慮しているんだ。そういう可愛いところもあるんだよ。
そこのところ、お前なら分かってると思ってたんだけどなあ。

「ま、彼女が魅力的なのはよおく分かるけど」

でもそれとこれとは話が別。
お前が彼女に近づく理由にはならねえよな。
っと、まだ説教の途中だってのに、動かなくなっちまった。
全く……彼氏の俺に怯えて逃げ出すくらいなら、最初から彼女に近づかなければよかったのに。
俺は脳裏に、大切な彼女の姿を浮かばせた。

「分かるだろ……?お前を護れるのは俺だけ。俺しかいねえってことがよ……」

お前を一番愛しているのは俺だ。
お前を愛していいのは俺だけだ。
お前が愛していいのは俺だけだ。
それなのに。

「どうして、傍に居てくれねえんだよ」

俺の隣に愛しい彼女の姿は無く、無様に転がっている男の死体だけ。
ああ、虚しい。虚しすぎる。

「………好きだ」

しとしとと降りだしてきた雨の中、俺は情けない顔で、ぽつりと呟いた。





俺が愛してるお前は本当、罪な女だよな。

俺に友達まで殺させるほどの深い愛情を抱かせて。
それなのに、どうして。
こんなに愛しているのにどうして、傍にいてはいけないんだ。