先輩。先輩はいつも、死んだ魚のような目をしているね。

「そんなこと私が一番よく知ってるわよ」

俺が頬杖をつきながら言うと、目の前の先輩は眉を寄せて不機嫌そうに言い放った。
ギロリと俺を睨む目と目が合う。
はぁーとわざとらしく溜息をついて先輩は視線を机の上に落とした。
俺はまだ目を逸らさない。無気力な先輩の表情をじっと見ていた。

「先輩。先輩はどうして笑わないの」

瞳から力が抜け、ますます死んだ魚の目になっていく先輩の目を見つめる。
言いながら俺は先輩の黒くて長い髪を右手で掬う。
が、瞬時にその手は先輩に振り払われた。

「笑う必要性がないからよ」

心底嫌そうに先輩は言った。

「笑ったら可愛いのに」
「馬鹿にしてるの?」

先輩に冷たい態度をとられながらも、俺は未だ頬杖をついたまま、少しだけ笑いながら言う。
やっぱりそれは先輩を怒らせるものでしかなかったのか、間髪入れずに先輩は言った。
再び、目が合った。

「嘘だよ。先輩は笑わなくても可愛い」
「……やっぱり馬鹿にしてる」

悪態をつくように言うと、先輩は鋭い視線から一転、また何かを諦めたような目をした。

「私なんて空っぽな人間だもの。笑おうが泣こうが、どうとも思われない人間」

そして椅子の背もたれにもたれながら、自分の両腕を抱くようにして俯いた。

「私は私がどうでもいいのよ。すごく、興味がない」

先輩は自分の事を好きになれないでいた。
むしろ、嫌っていた。惜しみない嫌悪感を向けていた。
それがどうしてかは分からない。
分からないけど、何故か俺は先輩に惹かれていた。
惹かれていたといっても興味の対象としてだった。
どうしてこの先輩は自分の事が大嫌いなのか。
他に、自分と同じくらい嫌いなものがあるのか。
興味のあることはあるのか。
逆に好きなものはあるのか。

「先輩は本当に変わらないね」

口角を上げながら呟くと、先輩は嫌味だと思ったのか俯いたまま、上目で俺を睨んだ。
先輩。俺は先輩を見ていて気付いたんだよ。
先輩は自分が大嫌い。他人も大嫌い。興味のあるものなんてない。好きなものなんてできたこともない。
だからね、

「そんな先輩に一つだけ問題を出すよ」

俺は先輩を変えてあげたいんだ。
ちょっと、上から目線かもしれないけど。
俺が惹かれた先輩だから。
俺が、

好きになった先輩だから。





先輩は大嫌いで、俺は大好きなもの、なーんだ?

そう言うと、先輩は理解できないのかしかめっ面で俺を見たね。
でも俺が優しく微笑んで先輩の瞳を見つめると、すぐに双方の目が見開いて、信じられなさそうに俺を見た。
何か言葉を発しようとして、でも詰まってしまって出てこないのか、口をパクパクさせる先輩の髪を、俺はもう一度掬おうとしてみる。
先輩は驚いたし戸惑ってたけど、拒絶することはなく、どうしてよいか分からなさそうに目を泳がせ小さくなっていた。
可愛い、と言うと、小さな声で馬鹿じゃないの、と呟いた。
先輩の長くて黒い髪は、細くて、とても柔らかかった。