俺には好きな奴がいた。……いたっつーか、今でも現在進行形で好きなんだが。
小学生の頃からずっと同じクラスで、幼馴染っていうほどの仲ではないが、所謂腐れ縁のような関係だったと思う。
お互いにウマも合うし、学校生活の中で欠かせない存在だった。クラス替えの度に「また同じクラスかよー」なんて軽口を笑いながら言う、そんな恒例行事のようなものがあったくらいだ。
他の女子生徒はもちろん、何なら友達と呼べる男たちよりも距離は近かったし、それを不思議にも思わなかった。
それくらい俺にとって彼女は傍にいて当たり前の存在で、特別で、人生において欠かすことのできない人物だったと思う。
彼女のことなら何でも知っているつもりだった。俺は彼女のことが好きだったし、彼女も俺のことを好きだと信じて疑わなかった。
まぁ実際、彼女は俺のことが好きだった。ただしそれは友達として≠ニいう意味で。
だからあの時は本当に驚いた。彼女から突然「好きな人と付き合うことになった」と聞かされた時は。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、可愛らしい表情だった。
俺はその時どんな顔をしてたかな。目が点になって口はぽかんと開けて、状況をなかなか理解できなかったと思う。
そしてようやく彼女の言葉を理解できた時、漠然とした喪失感と焦燥、そして当てのない怒りを覚えた。
それは彼女に向けたものではない。彼女に俺以外の好きな奴がいたこと、ましてや付き合う段階までいっていたことに気付けなかった俺に対しての感情だ。
そして彼女の付き合っている相手にも同じような気持ちを抱いた。一体どこのどいつだ。俺の大事な彼女に手を出した奴は。
そりゃあ、俺と彼女は腐れ縁ってだけで……今から思えば俺の単なる片想いだったわけだが。だからって「付き合っています」「はいそうですかおめでとう」となるほど俺の気持ちは簡単で単純なものではない。
何年という単位で俺は彼女のことを想い続けていたんだから。
ようやく俺の喉から「そうか、相手は誰なんだ?」と言葉が出た時、彼女はまた恥じらった。
本当に……一体誰だよ、彼女にこんな表情をさせることができる奴は。今までこんな顔する彼女を見たことがない。
それだけで果てしない嫉妬心が俺の中を満たした。姿の見えない相手にこれほどの怒りと殺意を同時に覚えたのは初めてだった。
彼女は気付かなかったと思うが、俺の目は座っていたと思う。相手が分かったら、何としてもそいつから彼女を奪ってやろうと思った。どんな手を使ってでも、だ。
そんな俺とは相対して、彼女は自分のことでいっぱいいっぱいといった表情でゆっくりと口を開いた。「……ジャッカルくん」と控えめに言っていたのを覚えている。
だけど、それ以降のことは何も覚えていない。あまりにも突飛で、予想もしていなかった名前だったからだ。
何というか……生き別れだった身内が突然目の前に現れたような……そんな感じ。理解が追い付かないどころか思考が止まっていた。
ジャッカル。そうか、ジャッカルか……。そういや、ダブルスパートナーになってからは一緒に過ごす時間も増えて……そうすると自然と、腐れ縁で仲の良い彼女とも接する機会は間接的に増えるわけだ。なるほどな。
相手が分からなかった時のモヤモヤはすっきりと晴れた。彼女の気持ちに気付けなかった理由も分かった。
そして新たに誤算が生まれた。
何としてでも彼女を奪ってやると思っていたが、それをジャッカルに対してはできないということだ。
彼女のことは今でも変わらず好きだ。未だにこの気持ちは消せない。
だが、それと同じくらいジャッカルのことも大切な仲間だと思えているんだ。
他の男だったら、俺も遠慮なく行動に移せていただろう。それなのに……。

「………」

トイレから教室まで戻ってきた時、教室内で談笑している彼女とジャッカル。
その二人の笑顔を見ると、寂しさだけが俺の心を満たす。焦りも怒りも殺意も湧いてこない。
ただ、行き場のない感情を持て余すことしかできない。彼女も好きだがジャッカルも大事な仲間だという紛れもない感情を。
彼女の好きな相手がジャッカルで良かったと思える反面、どうしてよりによってジャッカルなんだと思ってしまう。
矛盾してるよな。どっちも大切なんだから、大切同士くっついたことに喜べばいいだけなのに。俺の心はそうはできないみたいだ。
それならいっそどっちかを嫌いになればいいのに、それもできない。情けないよな。
彼女とジャッカルが笑ってる。それは普段俺にも向けてくれる優しい笑顔だ。
そんな笑顔を見せられたら……俺ができることなんて限られてる。悔しいけど、元を辿れば彼女との現状の関係性に満足をして甘えていた自分が一番悪い。
二人の気持ちを蔑ろにできる権利なんて俺には最初ならない。全部自分で蒔いた種だ。
だとしたら、俺が次にすべき行動は決まってるよな。
俺は教室内に一歩を踏み出す。迷いのない足取りで二人の元へと向かい、俺が二人にいつも見せる笑顔でこう言うんだ。

「今更だけど、おめでとうな、お二人さん!」





せめて隣があいつじゃなければ、俺は。

どんな残酷な手段を使ってでも、彼女を自分のものにしていたのに。