ガタンガタンガタン!! 教室には不似合いな激しい物音に、昼休み中にも関わらずしんと空気が張り詰める。 俺は友達と談笑していたが…笑顔をすぐに消し、生唾を飲んで教室の後ろへと目をやった。 するとそこには、いくつかの机と椅子と共に床に倒れている一人の少女の姿。 「………まただな、ジャッカル」 「ああ……」 緊張の面持ちで俺に耳打ちをする友達。 俺も小声で短く答え……座っていた机から降りて立ち上がる。 そして切ない気持ちで、よろよろと起き上る彼女を見つめた。 そんな彼女に近づく一人の男。 「少し痛かったかのう?だが、これも自業自得じゃろう?」 「っ……まさ、はる…」 冷たさしかない…張り付けたような笑みを浮かべて彼女へと手を差し出す仁王。 俺はそんな二人を複雑な気持ちで見つめた。 彼女を突き飛ばした張本人である仁王。 事実がそれだけなら、俺は仁王を殴ってでも止めに入り、彼女を助ける。 だけど、事態はそう簡単じゃない。 「お前さんが愛していいのは俺だけ…。俺も、お前さんだけを愛しとう」 「う、ん……、ご、めんなさい……雅治」 彼女と仁王は正真正銘……愛し合っている恋人同士なんだ。 「だったら、他の男と話したらお仕置きされるのは当然じゃろう」 「っ……私は、雅治だけ…愛してるよ…」 瞳に涙を浮かべ、仁王へと手を伸ばす彼女。 その行動に、俺たちはいつも不思議に思い……彼女を助けられないでいた。 こうして仁王が彼女を痛めつけるのは今日に限ったことじゃない。 他の男と話した。触れた。見た。聞いた……その度に、このお仕置き≠ヘ繰り返される。 これが仁王なりの…愛し方だとようやく分かってきた。 それでも理解しきれないのが本音だが。 そして彼女も、それを全て受け入れているんだ。 これだけのことをされても彼女は仁王のことを嫌いにならない。 だから俺たちは二人の間に割って入れない。 「本当か、証明できるんかのう?」 仁王は卑劣にも、彼女の手を振り払い地面へと突き飛ばした。 痛そうに顔を歪める彼女を、さらに髪を引っ張ろうとするのに気付き、俺は咄嗟に走って仁王の肩を掴んだ。 「……何じゃ、ジャッカル」 「っ……それ以上は、やめろよ…」 向けられたのは、生気を感じられない仁王の瞳。 仁王は、彼女以外にはとことん無関心だ。 俺は若干その瞳に怯みながらも、掴む手を離そうとしない。 ちらりと彼女を見ると、目だけで「止めて」と訴えているのが分かる。 「邪魔するんじゃなか。……これが俺の愛し方じゃ」 「だけど、」 「なんじゃ、お前さんもこいつを守る気なんか?」 その言葉にただならぬ殺気を感じた俺は無意識のうちに手を離してしまった。 俺に暴力を振るおうとしている目じゃない。 俺が彼女を庇うことによって…余計に彼女を不利な立場にさせてしまうことに瞬時に気付いた。 仁王は、俺ではなく彼女を傷つけようとしているんだ。 俺の手が離れたため、仁王は彼女へと向き直した。 その途端、俺は彼女が安心したような表情をしたのが分かった。 「俺は、お前さんだけ愛してる。お前さんだけ居ればいい。他は何もいらない」 「うん…私も、雅治だけ。雅治しかいらない……」 お仕置き≠ェ済んだ後、二人は必ず愛を囁き合い、抱き合う。 ………そして二人の真意を理解できないまま、この時間が終わってしまう。 仁王の激しい嫉妬と束縛。 彼女の異常なまでの愛情。 仁王は…彼女に痛みを与えることで、自分の傍に居させようとしている。 離れられるのが怖くて。それは仁王にとって防衛本能にも近い行為。 そしてきっと、彼女は仁王に殺されそうになろうとも……仁王を嫌いになることなんてないんだ。 なんて複雑で、異質で、狂おしく……悲しい愛なんだ。 愛を確かめるように、強く抱き合う二人を見て、俺は、ただただ痛切に思い眉を寄せることしかできなかった。 彼の愛し方、彼女の受け止め方。 どちらも間違っているとは言わない。 どんなに歪んでいても、どんなに狂っていても……。 それが愛であることは確かなのだから。 俺なんかが止めることはできない程。 強く、苦しい……愛情が二人にはあるのだから。 |