「ごめんなさい……ごめんなさ、い…」

どうして謝るんだよ。お前は何も悪くないのに。
何か恐ろしいものでも見るような怯えた目を俺に向けて。
壁に背中をこすりつけるようにしてしゃがんでがたがた震えて。
白い手を俺と自分の間において…距離をとろうとして。
そんなことしたって無駄だ。俺のこの愛は消えたりしない。

「愛してる……」

そう、優しく囁きながら目の前の彼女に手を伸ばす。
だがそれも、彼女の大きな悲鳴によって躊躇われた。

「おねがっ……ゆる、許して……」

悲鳴のあと、絞り出すように呟いた彼女。
目を見開いて……まるでこの世の終わりのような顔をして俺を拒否している。
俺の存在がそこまで、愛しい彼女を怖がらせているのだと思うと。
悲しいとか苦しいという感情を通り越して、死にたくなった。

「ああ……そうか」

俺が何かに気付いたように呟くと、手に持っていたナイフを見つめる。
するとそんな俺の視線に気付いたのか、彼女は目からぽろぽろ涙を零して首を横に振っていた。
俺がお前のことを殺すとでも思っているのか?
まさか。そんなことするかよ。愛しいお前に……そんなことするわけないだろ。

「なあ、お前は俺のこと……愛してくれないのか?」

抑揚もない声で淡々と言うと、彼女は唇をがたがた震わせながらも何かを言おうとしている。
だがそれも、恐怖のためか言葉になって俺の耳に届くことはなかった。
……もちろん、お前の答えはとうに知ってる。
お前には俺の他に…心から愛している奴がいるもんな。
お前の目に映るのは俺じゃない……俺じゃ、だめなんだ。
だったら……

「いらないよな」

お前に愛されることのできない俺なんか。
お前を愛することを許されない俺なんか。
この世からいなくなってしまえばいい。
でもその前に、彼女に最後のお願いをする。

「その代わり……俺のこと、忘れられないように心に焼き付けてくれよ」

そう言いながら……俺は物悲しく笑った。
彼女は言葉の意味が分かっていないのか、しきりに瞬きをしていた。
その度に涙がまたほろりと流れたが……俺にはその小さな雫さえ拭う資格がない。
そして手に持っていたナイフを右手で強く握り……自分の心臓に、勢いよく突き立てた。
その瞬間、血飛沫が跳ね……目の前にいた彼女の顔や胸のあたりにかかってしまった。
ごめんな……だけど、こうしたら俺は。
俺の姿は…消えなくなるだろ?お前の心や記憶から。
お前にどうしても愛されない俺ならせめて。
お前の……その綺麗な心の中に留めさせてくれ。
こうやって目の前で死ねば。
俺のこと、忘れたくても忘れられなくなるだろう?

耳をつんざくような彼女の悲鳴も。
俺の意識が薄れていくと同時に……聞こえなくなった。
俺は最後、彼女のために。
ささやかな……笑みを贈った。





お前に愛されない俺なんかいらないだろう?

目の前からは消えてあげるから。
お前の心の中で、忘れられぬものとして…お前を愛させてくれよ。