「のう、今日も一緒に帰らんか?」
「うん…いいよ」

仁王の言葉に優しい表情で答える彼女。
この誘いは、昨日も、一昨日も、その前も、ずっと続けられている。
二人は恋人なんだ。

「本当、いつも一緒にいるんスよね〜。あの二人」

それを呆れたように、少し嫌味っぽく言うのは2年の切原。
その隣にいるのは先輩の丸井。
切原の言葉には何も答えようとはしない。
ただ、じっと二人を見ている。

「いいんスか?丸井先輩、何もしなくて」
「……別に、関係ねえだろ」
「でも……」

切原は何か言いかけ、やめた。
視線の先の、二人が幸せそうなのと。
隣の丸井がそれを平気な様子で見ているから。
もう、無駄に何か言うこともないと思い。

「まぁ、丸井先輩がもう割り切れているならいいんス」
「(……何が割り切れてるもんか)」

丸井は目の前を歩いていく二人の姿を睨む。
仲良く手を繋いで、並んで……本当に恋人同士だ。
ふと彼女の横顔が見えた。
その顔は幸せそうな笑顔だった。綺麗な綺麗な笑顔。
あの時自分に向けられているものと全く同じ。

「(あいつも……もう、俺のことなんか忘れたのか)」

本来彼女の隣に居るべき男は自分だった。
彼女の笑顔は自分のものだった。
彼女の瞳に映るのも自分だけだった。
彼女の可愛らしい声も。仕草も。全部。
自分のものだったのに。

「先輩、もう平気なんスよね?二人のことなんか放っておいた方がいいッスよ」
「……ああ、そうだな」

何が平気なものか。
自分は今でも彼女を愛してる。
こんなにも欲している。
隣に居たい。笑顔を見たい。
本当なら、彼女の手を握っているのは自分なんだ……!
丸井はそんなことを想いながらも、無表情で踵を返した。

「……………くく、」
「ど、どうしたの………雅治、」
「なんでもなかよ。……愛しとうよ」
「……うん、ありがとう」

彼女はあの男の罠にはまってしまったんだ。
そうに決まっている。
あの男の甘い言葉の罠に。
でなければ……自分から離れるわけがない。
そう、胸に確信を持っていた。


誰も気付かない。


彼女の笑顔の裏の綺麗な瞳には、涙が隠れていることを。
彼氏の平然は憎しみの裏返しで、怒りに打ち震えていることも。
あの男の言葉の裏には、深い妬みと狂った愛が交錯していることを。





彼女の笑顔と、彼氏の平然と、あの男の言葉。

全てが偽りなのだと。
気付くものは誰ひとりとしていない。勿論、本人たちも。