全てはあの日から始まった。
あいつの愛も。俺の憎しみも。
あいつの狂気も。俺の狂気も。
全ては暖かい日差しの中で………。

「ねぇ、白石くん…」
「……?自分、誰なん?」

俺の目の前で立ち止まり、微笑を浮かべる女。
それが……あいつだった。
その微笑は、綺麗と言うよりは異様で。
後ろ手にして俺たちを見つめていた。

「蔵ノ助、知り合い?」
「いや……あの、なんか俺に用か?」

隣の女……俺の彼女が聞いてくる。
やけど、俺には生憎目の前の女が誰なのか分からなかった。
見たこともなかった。
そんなやつが、突然、

「これが、白石くんの彼女?」

先程から笑みを崩さず、俺の隣の女を見つめた。
その笑顔はまるで張り付けてあるだけのものみたいに。
人の事をこれ′トばわりしたことより、
全然変わらないその表情がとにかく異常だった。

「な…なによ、あんた…」
「………」
「なんとか言うたらどうなん!?」
「……ふふ、こんなの、白石くんには必要ないよ」

怒っている彼女とは相対して、あいつは笑みを深くして静かに告げた。
その瞬間、彼女に突進するあいつ。俺の隣で崩れ落ちる彼女。
その状況を把握したとき、
俺は震える心身であいつを凝視していた。

「なっ……」

あいつが後ろ手に持っていたものは鋭利な刃物で。
それを先程の一瞬で彼女に突き刺したのだと分かった。
彼女は短い呻きと共に崩れ落ち、すぐに動かなくなった。
そんな様子を見ても笑っているあいつ。
さっきより……ずっと妖しく。

「白石くん、こんなのより、私の方があなたを愛してる」
「な、に言うてんねや……」
「だから、私を愛して」
「ちょっ……」
「死にたくなかったら、私を愛して。私の傍に居て」

あいつは血のついた刃物を俺の首元にあてがう。
それは日差しできらきら光り、俺の判断力を奪っていった。
ああ、だめや。
彼女を失った寂しさ。あいつへの恐怖。自分への惨めさ。
全部が全部俺に圧し掛かってきて……苦しくて涙が出た。

「ああ…泣かないで?でも…泣き顔も綺麗。愛おしい」
「っく……」
「ほら、私を抱き締めて。あなたのぬくもりを感じさせて」

俺は目の前の奴の言葉に従うしかなかった。
とにかく、今の俺は非力だ。
刃物を持ったまま、あいつは両手を俺に向けて広げた。
俺はゆっくりと……それに応えてあいつを抱き締めた。
それと同時に、そいつの身体が震えているのが分かった。

「あたたかい……。ねぇ、愛してるって…言って」

泣いて、いる?
でも……そいつが泣いていようが…俺は何も思わない。
俺は嘯く。優しく。

「………愛、してるで……」
「私もよ、蔵ノ助」

心の奥底では復讐の念を燃やしながら。
いつか絶対、こいつを殺してやる。
俺から奪ったものを取り戻すかのように。
俺も……こいつから奪ってやる。

だから俺は、
その2週間後、
あいつを、
この手で殺した。

あいつと過ごした2週間、
とても幸せそうな顔をしていたあいつに、
一片の同情も湧かずに、
俺は、
憎しみだけで殺した――――





失うものなどないから、
あとは偽りの愛を捨てるだけ。


こんなことをしても
彼女は戻って来ないし、あいつへの憎しみは消えない。