♪ピンポーン


響くインターホン。


(うるさいな、休日の朝からなんだ‥‥)


インターホンの電子音により夢から引きずり出されて、俺──喜多一番は苦々しい気分で体を起こした。


「はーい」


下の階から、返事と足音。

母親が出たらしかった。


「‥‥‥‥‥‥」


よく晴れた空。
清潔なカーテンの向こうから差し込む暖かな日差しが、橙色の癖毛を包み込む。

しかし、気分は最悪だった。


『片付けが終わったら、今日試合に出た人はベンチも含め全員部室に残りなさい』


昨日──ホーリーロード地区予選初戦終了後の、監督の言葉が頭に蘇った。

自分たちは勝敗指示で勝てと命じられていたにもかかわらず、雷門との試合に敗れた。

そのことで落ち込んでいた上に、昨日の出場選手は全員スタメンを下ろされた。

全員が監督から説教を受けた後も、自分だけは残されて、たっぷりとお灸を据えられた。

それは自分がキャプテンだからなのか、あるいは試合中に革命派に心を揺すぶられたのがバレていたからなのか。


(‥‥あれは虐待に近いだろ‥‥)


優しそうな顔をして、恐らくどの監督よりも強かな見月監督。

そのきつい言葉が、一夜明けた今日まで胃に重く残っていた。


「はぁ‥‥‥‥」


再びベッドに寝転がって、大きく溜め息をついた。

が、


「一番くーん!」


母親の声。

とてつもなく鬱陶しかったが、心配させたくなくて声のトーンを上げて答えた。


「何?母さん」

「おはよう。お友達が来てるんだけど‥‥」


(友達?)


サッカー部が負けたことは全校に知れ渡っているはずで、そこをわざわざ訪ねてくるような悪質な人間に心当たりは無かった。


(西野空か星降か‥‥‥?)


「一番くん?」

「あ、なに?」

「どうする?」


母親も自分が落ち込んでいることを知っていて、気を使ってくれているのだろう。


「じゃあー‥‥とりあえず上がって待っててもらって!」

「分かったわ」


母親の「どうぞー」とか「よく来てくれたわねー」なんて言う声を遠くに聞きながら、急いでパジャマから着替えた。

とりあえずヘアバンドだけして下へ降りる。


リビングのドアを開けると、テーブルにかけて紅茶を啜っている母親の背中が見えた。


(また俺の友達と話し込んで‥‥‥)


「母さん‥」

「あ、一番くんおはよう!紅茶淹れておいたからね」


母親は一瞬「マズい!」と言う顔をするといそいそと椅子を立った。

手前にいた母親が去ることでようやく、紅茶のカップをクルクルと回している"友達"が目に入った。


「隼総‥‥‥‥」

「おはようございます、キャプテン‥‥」


一個下のチームメイト、隼総英聖は、目を合わせずにボソっと言った。

その様子を見て、少しおかしくなる。


「隼総、試合に負けたからって今更先輩扱いしなくていいぞ?今まで敬語なんて使ったことないんだしな。」

「でも」


笑って言ったつもりだったが、隼総は相変わらず目を伏せたままだった。


「俺、シードですよ?なのに負けて、そのせいでスタメン下ろされて‥‥」


シュンとしている隼総の姿を可愛いと思ってしまった自分を戒めつつ、なるべく明るく返した。


「別に、お前のせいだなんて思ってない。」

「‥‥」

「もし昨日勝っていたら、それはお前のお陰のような気がしたかもしれないけど、負けたのは違う。雷門の方が少しだけ、勝利を願う気持ちが強かっただけだ。」

「‥‥‥ほんとにそう思うんですか」

「ああ。だから、今まで通りでいいんだ。全部。」


隼総はやっと、顔を上げた。

笑っていた。


「ありがとう、喜多くん!」


やっぱり、笑っている隼総が一番好きだ。




「ところで、今日は何の用だ?こんな朝から‥‥」

「もう11時」

「それもそうか。で、何だ?」


すると隼総は、黄色い目をきらきらと輝かせて言った。


「ねえ喜多くん」

「?」


「デートしよ!」











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