▼ 香水×洗剤


俺は香水が嫌いだ。
特に同じクラスの派手な集団、奴等は香水臭くてかなわない。
男も女も、少しでも近付こうものなら鼻をやられてしまう。
香水なんかつけずとも、人工的な香りはシャンプーや洗濯洗剤で充分。



「木村、これ担任がお前にって。」

「え、ああ……悪いけどそこ置いといて。」

「………………………分かった。」



自分の席から離れた場所に居た俺は、豊田に声をかけられた。
豊田はこの辺りじゃ有名な美形だ。
黒髪長身で大人な雰囲気の豊田は、そりゃもう大人気。
だが、油断してはならない。
何故なら奴は、クールな見た目とは裏腹に、れっきとした派手集団の一員なのだから。
その証拠に豊田もしっかりバッチリ香水臭い。
前に一度だけスレ違ったが、そりゃもう酷かった。
それ以来、俺は豊田も含め、あの集団には近寄らないようにしている。
今だって悪いとは思いつつ、担任から押し付けられただろう俺のノートを机の上に置いてもらい接触を回避した。

――――――――――

「おい、木村。」

「ぬうおっ!!豊田!?」



学校が終わり、下駄箱で靴を履き替えようとした所で突然腕を掴まれた。



ひーー!!
何で豊田が居るんだ!?
お前、帰ったんじゃなかったのかよ!?
つか、何故に俺!?
鼻で息ができなひ…………



「…………木村、お前」

「な゛、な゛んでぇひょうか?」



軽くパニックっていた俺は、鼻で息を止めつつ懸命に返事をした。
だが何を思ったか、豊田は顔をしかめると、俺の腕を離さぬよう左、右とゆっくりブレザーを脱ぎ始めた。
そんな彼の奇行に、俺の頭は更に混乱する。



「な゛な゛な゛な゛に゛しでぇんの!!お゛前!!」

「これなら大丈夫だろ。いい加減鼻で息しろよ。」

「えっ…………」



あ、ヤバい!!
ビックリして普通に息をしてしまった!!
は、鼻がやられ………………



「ない。臭くない!!」



おお!!豊田が臭くない!!
臭くない臭くない!!寧ろ無臭!!



変に興奮した俺は、犬のようにクンクンと豊田にすり寄って行った。



「……はぁ。お前ってなかなかに失礼な奴だよな。」

「え、あ、悪い。」



豊田の言葉に、ようやく自分の行為が失礼に当たると気が付いた。



「……別に良い。……木村は香水嫌いなんだろ?俺も苦手だから分かる。」

「……苦手?え、でも、木村自身、香水つけてなかったか?」

「違う。俺が香水臭いとしたら……周りの臭いがついただけ。」

「……あぁ……そっか。」

「俺は香水が苦手だけど、嫌いじゃないし、見た目よりずっと良い奴なんだぜ?……あいつ等。でもま、嫌いな奴からしたら迷惑かもな。」

「………………ごめん。」



俺は何だか申し訳なくて、弱々しく謝罪を口にすると、下を向いて黙り込んだ。



「……謝る必要はねぇけど、あからさまな態度は腹が立つ。……なぁ、ブレザー脱げば平気だろ?」

「うぷっ!!」



掴まれたままの腕を引かれ、バランスを崩した俺は豊田に抱き付く形となってしまった。
慌てて離れようとする俺に、豊田は逃がさないとばかりに抱きしめてくる。



「木村は洗剤の良い匂いがすんな。」

「っ!!ちょ、豊田!!」

「…………なぁ、どう?平気?」

「へ、平気だけど、平気じゃない!……な、何でこんな……」



俺は訳が分からず、ぶんぶんと頭を振った。



「好きだから。」

「へ?」

「木村が好きだから。……今度からお前に近付く時はブレザーを脱ぐように気を付ける。だからさ、逃げるなよ?」

「っ!!」



ニヤリと普段の豊田からは想像もつかない悪戯っ子のような笑みを見せられ、俺の心臓はドクドクと激しく脈打った。



「……逃げても逃がさないけど。」



耳元で囁かれた瞬間、無臭だと思っていた豊田から甘い匂いがした……気がする。



「イケメンスメル甘々。」



自分の耳を押さえながら、よく分からない事を呟いた俺は、手をひらひらさせて遠ざかって行く豊田をボンヤリと見送っていた。



その日から、香水の臭いを振り撒く苦手な男が、甘い体臭を振り撒く気になる男になったのは、言うまでもない。



END



11.0415
 
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