▼ 変人×平凡


どこにでも売っている薄黄色やピンク、水色の正方形をした付箋。
その1枚に『俺を否定しない』と綺麗な字で書いた物をペタリ、俺の胸元に貼る榊くん。
俺の頭は“?”で一杯だった。



「榊(サカキ)くん……これ、何?」

「忘れない為の記録。捨てずに持ってて」

「え、あ、うん?」



俺の返事に満足したのか、榊くんは自分の席に戻って行く。
結局、俺は付箋の意味を理解できぬまま、言われた通り、付箋を捨てずにクリアファイルの内側へ貼り直した。
これが、榊くんと初めて話した日の出来事。



榊 遊八(サカキ ユヤ)、彼は、2学年の間で変人として有名だ。
授業中、シャーペンの芯をひたすらカチカチ出し続けたり、室内体育の日は決まって体育館の隅でバスケットボールを人差し指に乗せ小1時間クルクル回している。
他にも、人の話しは基本的に無視、だとか、クラスや学年からも、浮いた存在。
だけど、彼にはもう1つ、学年で有名になる理由があった。
それは、彼の整った容姿。
外国の血が混ざっているとかで、見た目だけなら絵本の中の王子様。
色素の薄い髪色と瞳、白い肌が儚くも美しい美少年と言った感じで、故に彼は注目の的、噂が広まるのも早かった。
時に、ガムの包み紙で鶴を折っていたなんて話しも聞こえて来て、それくらい放っておいてやれよ、と思った事もある。
皆、榊くんと仲良くなりたいのに、なれない不満を噂で解消するんだ。
とは言え、実際に話した榊くんは、やっぱり変わっている。
それが、俺の素直な感想だった。



『寝顔』
業間休み、寝ぼけた頭を覚ます為にトイレへ行って顔を洗った。
教室に戻ると、机の上に1枚の付箋。
――榊くんだ。
ペリッと付箋を剥がし、クリアファイルに貼り直す。
あの日から、1日に3、4枚の付箋を身の回りで見つけるようになった。
『寝顔』これは多分、前の授業中に寝ていた所を見られたのだろう。
なぜ、そんな事を付箋に書いて寄越すか知らないけど、こうして残しておけば、いつか教えてくれるのかな?

『俺を否定しない』
『少し高い声』
『笑顔』
『笑窪』
『八重歯』
『フルーツガムの匂い』
『桜色の爪』
『箸の持ち方』
『カタカナ読みの英語』
『膝小僧』
『揺れる黒髪』
『バレーボールの顔面キャッチ』
『赤い鼻』
『赤い顔』
『寝癖』
『曲がったネクタイ』
『左右で違う靴下』
『整理下手』
『寝顔』

これらは、教室の机やロッカーで見つけた。
直接、俺に貼られた物もあったけど、図書室で続きを読もうと手にした本に『俺も読んだ本』と貼ってあった事もある。
その時は『こんな所にも?!』と驚いたし、付箋に書かれた榊くんの情報が嬉しかった。
本当は俺も……榊くんと仲良くなりたい1人なんだろうな。






「あ、ここにもあった!」



それから数日、順調に付箋を集めている。
今も、移動教室の帰りに通った自販機の前で『加糖コーヒー』と書かれた付箋を発見。
意味は分からないけど、最近は宝探しみたいで見つけるのが楽しい。
『何だよそれ』と、友人が付箋を覗き込む。



「うーん、何だろ? けど、何処かで付箋を見つけたら俺に教えて」

「あ、ああ? わかった」



首を傾げる友人に一応のお願いをして、教室に戻った俺は、早速、クリアファイルに付箋を貼った。
ファイルはもう、付箋で埋まっている。
何枚くらいあるのかな? と考えていたら、隣に榊くんがスッと現れた。
びっくりしたけど、俺は榊くんに、ファイルを広げて見せる。
少し、誇らしげに、自慢するみたく。



「榊くん、付箋、こんなにたまったよ?」

「うん、そうだね」



小さく笑った彼は、ブレザーのポケットから付箋の束とペンを取り出し『約束通り付箋をとっておいてくれる』と書いて、ファイルにペイッと貼った。



「……? あり、がとう?」

「どういたしまして」



それだけ言うと、彼は席に戻って行く。
あの日以来、こんな感じでほんの少し、話しをするようになった。
それは、会話と呼ぶにはあまりに短い。



「仙田(センダ)いつの間に“変人王子”と仲良くなったんだ?」



榊くんが居なくなると、友人がこっそり俺に話しかけて来た。
“変人王子”、彼の言動と容姿から一部で呼ばれる彼の呼び名。
俺は僅かに眉をしかめた。



「俺は別に仲良くなんて……」

「お前は皆が変人王子に引いても、ケロッとしていたもんな。それがまさか友達になっていたなんて意外だ」

「それは、直接の関わりが無かったから、引く事も無かっただけで、俺なんか全然、彼の友達じゃないよ」

「え、そうなのか?」

「そうだよ……榊くんが何を考えているかも分からないし、きっと親しくはなれない」



付箋を貼ったファイルに視線を落とす。
俺だって、その他大勢の1人。
彼を理解できないのに友達なんかなれない。
よくて、少し話すクラスメートだ。
自分の言葉に、寂しさが込み上げた。
『変人王子の考えなんて誰も分からないよ』と慰めだろう友人の言葉を適当に流す。
チラリ、榊くんの席に目をやると、彼も此方を見つめていた。
その目付きが、いつもより鋭い。
もしかして……聞こえていた?

怒らせたかも。
不快な気分にさせたかも。
そればかりが気になって、その日、残りの授業は全部、上の空だった。



キーンコーンとチャイムがなり、皆それぞれ帰り仕度をして教室を出て行く。
俺もわたわた教科書を鞄に詰め、榊くんに謝ろうと席を立った。

考えが分からない、変とか言ってごめん。
勝手な事を言ってごめん。
不快にさせてごめん。

だけど、そこに榊くんの姿はない。
チャイムがなってすぐ、帰ったのかな?
俺は仕方なく、俯いて廊下を歩いた。



「ん? なんだろ、これ」



途中、廊下に点々と何かが落ちている。
手に取ってみると、それは、ガムの包みで作られた、小さい銀の折り鶴だった。
もしかして、これは……!

ぽつぽつと落ちる鶴を1羽1羽、拾っては進み、拾っては進み、気付いたら裏庭の大きな木の下に来ていた。



「……榊くん」

「………………」



木の下に、俺を見つめる榊くんの姿。
榊くんは無言のまま俺に歩み寄ると、あの日のように、1枚の付箋をペタリ、俺の胸元に貼った。
そこには『俺を追って来てくれる』の文字。
何故か酷く、胸が苦しくなった。



「……榊くん、怒ってる?」

「何で?」

「俺が、榊くんの事を分からない、変だって言った。勝手な事を言って、嫌な思いさせたでしょ?」

「仙田は俺の事を変だなんて言ってないよ。言ったのは仙田の友達。俺の事が分からないのは、違う人間だから仕方ない」

「……怒って、ないの?」

「怒る理由が無いよ。ただ、寂しかった」

「………………え?」

「少し高い声、笑顔、笑窪、八重歯、フルーツガムの匂い、桜色の爪、箸の持ち方、カタカナ読みの英語、膝小僧、揺れる黒髪……」

「榊くん、それ……」

「バレーボールの顔面キャッチ、赤い鼻、赤い顔、寝癖、曲がったネクタイ、左右で違う靴下、整理下手、寝顔……他にも全部、覚えてる。仙田の好きな所」

「……俺の、好きな、所?」

「忘れるはずは無いけれど、こうして残らず仙田に伝えられるよう、忘れない為の記録。俺を否定しない仙田に惚れた。それから俺はこんなに仙田の好きな所を見つけたよ。何をしても、仙田だから好き。



親しくなれない何て、決めつけるな」



トンっと、胸を押され、ハッとした。
親しくなろうとしなかったのは、俺の方だ。
本当は、俺自身が俺を分かっていなかった。
こんなにも、榊くんに惹かれていたのに……

胸に貼られた付箋を剥がし、そっと手のひらに乗せる。
2人が望めば、きっと大丈夫。



「榊くん……俺も、榊くんの好きな所、付箋に書いて残そうかな」



『ああ、きっとそれがいい』と言って、彼は今までで1番、綺麗に笑った。
記念すべき記録の1枚目、それは『笑顔』にしようと思う。



END



12.1203
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