▼ 不良×ビビり


俺は今、久我 龍平の家に来ている。
男は一人暮らしをしているらしく『遠慮するな』と無理矢理連れて来られた。



「ホラよ!」

「っす、すみません。」



ダンッと乱暴に置かれたグラスの中身がタプタプと揺れ、テーブルに飛び散る。
俺は点々としたオレンジのシミが気になるも、向かいに座る男へ意識を向けた。
……昼休みの恐怖が忘れられないのだ。



「………………」

「………………」

「………………」

「………………」



――チクタクチクタク



秒針の音だけが響く。
男は身動きせずジーっと俺を睨み付け、その視線を、俺は冷や汗ダラダラで受け止めた。
……1分1秒が恐ろしく長い。



「チッ、もうこんな時間か。」



時が止まったかと錯覚しそうな重苦しい雰囲気の中、男が呟いた。
つられるようにして見た時計は、夜の7時を指している。
俺は、やっと解放されるのだと胸を撫で下ろした。



「……そ、それじゃあ、お、おお俺はかえ、帰ります。」

「ああ゛?」

「ひうっ、」



そそくさと立ち上がり、一刻も早くこの家を出ようとした所、痛い程の力で肩を掴まれ、動くに動けず涙が浮かぶ。



「……何で帰るんだよ。」

「も、もう、よ、夜なの、で、迷、迷惑だろ、から……で、す。」

「そんなのは理由にならねぇ!……お、お前が居たいっつうんなら、ずっとここに居る事を許可してやってもいい。」



『どうなんだ、ああ゛?』と凄む男に、本気で勘弁してほしいと思った。

どうしよう、どうやって断ろう。
必死で頭をひねっていると、視界の隅に銀色の鎖が目についた。
無意識にそれを辿ると、鎖はベットに繋がれていて、手錠や首輪らしき物まで見える。

俺はそれをナニに使うのか知らない。
部屋のインテリアかもしれないし、ペットを飼うのかもしれない。
それでも『ここに居てはいけない』瞬時にそう判断した。

ドッドッドッドッと、いつになく心臓が音を上げる。



「……し、しし心臓が、もた、もたない、ので、きょ、今日は帰り、ます。」



男は暫しポカンとした後、何を勘違いしたのか『照れてんじゃねぇよ』と、耳を赤くして頬をかいた。
妙な誤解も受けたが、無事に帰れそうなので結果オーライだ。



「……ま、今日じゃなくても良いか。」



別れ際、ポツリと呟かれた言葉は、聞こえないフリをした。



――――――――――



男に呼び出されてから2週間。



俺は移動教室の帰り道、考えていた。
ずっとこの先、男の存在に怯えるくらいなら、本音をぶつけて殴られてしまおうか……
『アンタと一緒には居たくない!』
流石の男も、人を殺したりはしないだろう。
今、ボコボコに殴られて病院送りにされても、どのみち男と一緒に居れば、胃に穴があいて病院に送られる事は変わりない。
それならば早いとこ殴られて、この関係を清算したかった。



「っわ、」

「ってぇな、畜生!」



考え事をしていたからか、柄の悪い男にぶつかり、その仲間にまで囲まれてしまった。
バラバラと教科書が足元に散らばる。



「す、すみません。考え事してて、」

「言い訳してんじゃねぇぞ!誠意が足んねぇよ、誠意が!」



『そうだそうだ!金出せ金!』と、下品に笑い騒ぎ立てる男達。
校内でこんな絡まれ方はそうしないだろう。
『ああ、本当についてない。』と、己の運の無さを呪った。



「ご、ごめんなさい、移動教室だったから、さ、財布は持ってなくて、その……」

「ああ゛?ふざけてんじゃねぇぞ!」



まごまごする俺に焦れたのか、財布が無い事に切れたのか……それともその両方か。
興奮した男が俺の胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。
『殴られる!』咄嗟に目を瞑ったが、いつまで経っても痛みは来ず、苦しかった胸元もスッキリしている。



「ひっ、ぐあっ……や、やめっ」



ベキッ、バキッ、べチッ、と、肉と肉、骨と骨のぶつかる鈍い音に加え、低い悲鳴と呻き声が耳に届く。
恐る恐る目を開ければ、そこは地獄が広がっていた。



―― 一方的な暴力



いつの間に現れた久我 龍平が、5・6人の男を殴り、蹴りあげ、玩具のように振り回している。
恐らく、俺に絡んでいただろう男の顔は、血に濡れて元が分からない。
それでも久我は、暴力を止めなかった。



何が人を殺さないだろう、だ。
何が早いとこ殴られて……だ。
俺は知らない。
男の暴力が、病院送りが、ここまで酷いものだったなんて!!







「……大丈夫か?」



白のワイシャツが真っ赤に染まる頃、男は漸く暴力を止めた。
あの男達が生きているか、遠目じゃ判断ができない。
……ただの肉の塊に見える。



男は茫然と立ち竦む俺に手を伸ばす。
ビクリと反射的に肩が跳ね、男はくしゃりと顔を歪めた。



「……あいつ等を殴ったのは、ストレス発散の為で、お前を守る為じゃねぇ。けど、俺の側に居るなら守ってやってもいい。」



口の端に付いた血を舐め、男は言う。
声は酷く穏やかで、さっきまで人を玩具のように殴っていたなんて微塵も感じない。
そんな男の言葉を、俺は正確に理解した。



『俺の側に居れば手を出さない。けど、離れて行くなら容赦はしない。』



「……畑山」



そっと広げられた両腕に、自ら飛び込む。
ツンッ、と鉄の臭いを鼻の奥で感じながら、俺は考えを改めた。



――胃に穴があいて病院送りになる方がずっと良い。



そんな事を思い、震える手を男の背中に回し、男もまた、俺を抱きしめた。



「殺したい程、好きな訳じゃねぇんだからな。」



そう言って、男は満足そうに笑った。



END



12.0720
タイトルの『デレデレな男』って言うのは、ツンデレとヤンデレのデレデレです(笑)
 
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