▼ 不良×ビビり
『放課後、校舎裏で待つ』
朝、学校に着いて下駄箱を開けたら、お世辞にも綺麗とは言えない字で、ルーズリーフに書かれた呼び出しの手紙が入っていた。
俺は、このラブレターとは程遠い不穏な手紙に、心当たりが無いと言えば無いが、あると言えばあった。
と言うのも俺は、外見が酷くモサイ。
自分で言うのも難だが、今までイジメにあわなかった事が奇跡だと思うくらい、俺はイジメの標的に最適な男だった。
黒く、重苦しい髪を目が隠れる程伸ばし、ひょろりと色白で細い体はまさにモヤシ。
人見知りで友人らしい友人も居らず、おまけにビビりで、ちょっとでも凄まれれば簡単にパシられる自信があった。
そしてとうとう、俺にも¨その時¨が――
「卒業まであと1年、平和に暮らしたかったな。」
そんな事をボヤきつつ『痛い目みないように、大人しく従おう。』と、既にパシられる覚悟を決めていた。
*
放課後、憂鬱な気分で足を引きずり校舎裏を目指す。
覚悟を決めたからと言って、パシられたい訳では勿論ない。
手紙の差出人が、この事を忘れていれば良いのに……という願いも虚しく、校舎裏には1人の男が待ち構えていた。
「……遅ぇ。」
「っ、」
ズゴゴゴゴゴ!と、凄まじいオーラを放ち、如何にも不機嫌そうに寄せられた眉と、底冷えする程低い声から、男の苛立ち具合が伺える。
――久我 龍平(クガ リョウヘイ)
学校一目を合わせてはいけない、口をきいてはいけない、触れてはいけない、超危険人物。
目を合わせれば病院送り、口をきいたら病院送り、洋服の裾だろうが触れたら病院送り。
奴の赤い短髪は、何百もの被害者の返り血で染まった……なんて噂まで聞く。
そんなデンジャラスボーイが、青筋浮かべてズンズンこちらへ近付いて来る。
……あ、俺死んだ。
瞬時にそう思った。
今の俺は、生を諦めた草食動物。
逃げる事はせず、ただただ男を見つめ震えていた。
「畑山(ハタケヤマ)」
「っは、はははははは、いっ!」
目の前にまで距離を詰めた男に名前を呼ばれ、猫背をピンッと伸ばし返事を返す。
緊張のあまり『は』を連呼してしまったが、決して愉快に笑った訳ではない。
「……きだ。」
「…………え?」
「……好きだ!」
「……………………え、え?」
「べ、別に殺したい程好きだとは言ってねぇからなっ!!」
「ひっ、」
真っ赤な頭髪に負けるとも劣らず赤い顔で、殺したいとか何とか言う男に短い悲鳴を上げる。
俺はもう、恐くて恐くて、男が何故、怒鳴っているのか、何を言っているのか、上手く理解できなかった。
「だから、つ、付き合ってやっても良いっつってんだよ!!」
「ひっ、う、あ」
「ああ゛?ハイか、イエスか、OKか、ハッキリ言えや!!」
「っは、はひ。」
人形のように首をふって、やっとの思いで返事を返すと、俺は意識を手放した。
――――――――――
「ホラ、食え。い、言っとくけどな、お前の為に作った訳じゃなくて、俺のついでだからな!…………残したら殺す。」
「いっ、いただきます。」
例の呼び出しから1週間。
俺はどうやら、男の¨恋人¨になったらしい。
いつどこで男に目をつけられ、あまつさえ惚れられたかは知らないが、今もこうして、男の手作り弁当を囲んで昼食をとっている。
男曰く、これは¨ついで¨らしいのだが、弁当の中身を見る限り、俺の大好物ばかりだ。
唐揚げ、だし巻き玉子に、アスパラベーコン、デザートにサクランボまである。
「…………美味いか?」
「っは、はい。」
正直、男に見られながらの食事は食べた気がしないし、味も感じない。
それでも、不味くはないと断言できる。
意外な事に、男は料理が上手かった。
そしてもう1つ、俺はある事に気が付いた。
「ふんっ、俺の弁当が美味いのは当たり前だろ!お前に褒められても嬉しくねぇんだよ!」
ぷいっとそっぽを向く男の耳が赤い。
……俺は思ったのだ。
これは¨ツンデレ¨というものでは?と。
今だかつて、こんなに恐ろしい¨ツンデレ¨と出会った事はないが、冷静に思い返せば『そうかもしれない。』と納得できた。
それと同時に、可笑しくもある。
まぁ、だからと言って、この状況に慣れるかと言ったら否だ。
俺は1週間経った今でも、男が恐くて恐くて仕方がない。
ふと辺りを見渡せば、こちらと極限まで距離をあけた生徒が数人居るだけの寂しい室内。
それもそうだろう。
男が恐いのは、俺だけじゃない。
この間まで、親しくなくとも言葉を交わすクラスメートは居た。
それなのに今は、俺と関わってくれる数少ない人間まで、男のせいで居なくなったのだ。
――ガンッ!!
己の状況に内心で嘆いていると、机が1つ男の長い足で蹴りとばされた。
ガタガタガタッ……と激しい音が止み、元々静かだった教室が更に静まりかえる。
「っ、」
さっきまで唐揚げを突き刺していた箸の尖端を、俺の眼球すれすれに突き付けて男は言う。
「余所見すんじゃねぇ。目ん玉潰すぞ。」
サァッ――と血の気が引いていく。
俺は再び、人形のように首をふった。
「……次はねぇからな。」
そして思う。
男はやはり、ツンデレなんかじゃない。
これは、むしろ――……