▼ 生徒会×平凡
「大変だ!寝坊だ遅刻だ!有栖(アリス)に謝らなきゃ!」
閑散とした朝の住宅街に、聞き慣れた声が響き渡る。
俺は何事かとベッドを飛び出し、窓へ駆け寄り外を覗いた。
すると、一緒に登校するはずだった幼馴染みが、慌てた様子で何処かへ駆けて行く。
俺は暫しその後ろ姿を見送ると、ハッと我に返って枕元の携帯を確認する。
――不在着信が3件、未読メールが1件
そのどれもが幼馴染みである正兎(マサト)からのもので、今しがた何処かへ駆けて行った張本人である。
何処か……と言っても、学校へ向かった事は容易に想像ができた。
何故なら、彼からのメールに『寝坊してごめん……怒ってる?僕も急いで学校へ向かいます。』とあったからだ。
正兎は昔から勉強はできるのに、どこか抜けていて、そそっかしい部分があった。
恐らく昨日、1時間も早く進む正兎の時計を直しておけと注意したのに、それを怠ったのだろう。
結果、寝坊したと勘違いをした彼は、慌てて家を飛び出したのだ。
「チッ、携帯繋がらねぇし……」
俺は軽く舌を打つと、大急ぎで学校の準備をして朝食も食べずに正兎の後を追いかけた。
――――――――――
「あんれぇ?今日は有栖1人?ああ、正兎は生徒会の仕事があったっけかなぁ?」
学校へ着いて直ぐ、同級生の猫沢(ネコサワ)に絡まれた。
…………朝からツいてない。
こいつは平気で嘘を吐くし、掴み所の無い猫みたいな雰囲気がどうも苦手だ。
こいつの良い所なんて、ふわふわの猫毛に、キリッとした目の綺麗な顔立ちくらいだろ。
性格はすっっっっげぇ最悪!
そういや、生徒会の会計もしていたっけ。
こんな男によく務まるよな。
因みに、正兎は2年生にして生徒会副会長を務めている……何気にスゴイ。
「じゃあ、正兎は生徒会室に居るのか?」
「さぁ?居るかもしれないし、居ないかもしれない。仕事はあったかな?あったかもしれない。いや、無かったかな?どっちでもいい、俺には関係ない。そんな事より、今日の放課後は暇?俺のライブに来るといい!」
『なんなら今ここで歌おうか?』と指揮を始めた猫沢に眉が寄る。
本当、話しの通じない男だ。
「歌もライブも遠慮しておくよ。」
猫沢が趣味で組んだバンドに興味は無い。
俺は簡単に断りを入れ、その場から素早く立ち去った。
*
「おやおや、有栖先輩と朝から会えるなんて素晴らしい日だ、万歳!」
猫沢を振り切り、とりあえず生徒会室を覗いてみようと廊下を急ぐ俺に、またしても厄介な男が絡んで来た。
「……服部(ハットリ)」
「有栖先輩、僕とお茶しませんか?実は今日、クッキーを大量に焼いて来たんです!」
「いや、クッキーは要らない。それより、正兎は生徒会室に居るか?」
「こんな素晴らしい日を祝わずには居られませんよね!僕と一緒に乾杯しましょう!」
『そうしよう!万歳、乾杯!』俺の手を取り、くるくる回り始めた後輩に頭が痛い。
こいつも1年生で書記を務める生徒会メンバーだが、どうにも人の話しを聞かない。
先程の猫沢といい、生徒会は話しの通じない奴ばかりだ。
それでいて、容姿だけは良い。
この服部も、洒落たメガネなんかして、ニコニコ笑った顔は無邪気で好感が持てる。
時折香る、甘い菓子と紅茶の匂いもポイントが高いだろう。
……あくまで見た目だけなら、だ。
「っ悪いけど、俺は急いでるから!お茶ならまた今度な!」
グイッと掴まれた手を振りほどき、俺は再び生徒会室へ向かった。
背後から『赤野(アカノ)会長が居ますよ〜』と呑気な服部の声。
俺は引き返したい気持ちをグッと堪え、足を前に進めた。
*
「有栖、お前はまだ地味なネクタイをしているのかい?君には赤が似合うと言っただろう。」
やっとの思いでたどり着いた生徒会室……の前で、生徒会長の赤野先輩に絡まれた。
この人は、そうとう気合いの入った¨赤色¨好きで、頭髪は真っ赤、目も真っ赤。
そして何故か、俺にも赤色の着用を強要して来るのだ。
「でも先輩……これは2学年指定のネクタイカラーですし、校則はできるだけ守る派なので、代える気はありません。」
「ふん、くだらない。だったら留年でもして1学年指定のネクタイに代えればいい。」
「……いや、そんな無茶な。」
この学校は、1学年が赤、2学年が紺、3学年が黄色のネクタイカラーで区別される。
勿論、頭髪もカラコンも校則丸無視な先輩は、学校指定とは別の真っ赤なネクタイを着けている。
……こんなに違反だらけの男が生徒会長を努めるだなんて、大丈夫か、この学校。
「全く、生意気な後輩だよ、お前は。この僕の命令が聞けないってんだからね。有栖じゃなきゃ首をはねてやりたいくらいだ。」
「っ、」
中性的で、女性らしい顔立ちの赤野先輩は、大きく真っ赤な目で俺を睨み付ける。
こちらとしては、当然の反応だと言えるのに、彼にはそれが¨生意気¨と映るらしい。
どちらかと言えば可愛らしい容姿の先輩も、真っ赤なカラコンのせいで、睨まれると想像以上に迫力がある。
「まぁいい。コレで多少はましだろう。」
「え゛」
サクッと上着の胸ポケットに、一輪の薔薇が差し込まれた。
……一体、何処から取り出したんだ!?
戸惑う俺を余所に、満足気に頷いた先輩は『生徒会室に用事なんだろう?』と先に部屋へ入って行った。
本当に、どいつもコイツも自己中心的で腹が立つ!!
*
「あ、有栖!今朝はごめんね……時計、直すの忘れて寝坊したと勘違いしたんだ。」
生徒会室へ入ると、目的の人物は居た。
正兎は俺を見つけるなり謝罪をし、しょんぼり反省した様子だ。
「時計、家に帰ったら直せよ。それと、携帯にも出ろ。その時が無理でも、確認くらいはしろよな。」
ブスッとして文句を言えば、正兎はますます小さくなって『ごめん』と言った。
「……しょうがないから今日は許してやるよ。」
「っ、ありがとう!有栖!」
パアッと花が咲いたように笑う正兎。
こいつの笑顔はキラキラと眩しくて、その笑顔が昔から、俺の密かなお気に入りだったりする。
「あんれぇ、有栖が居る。ふふふ〜らら〜♪今から特別ライブでもしちゃおっか。」
「おやおや、有栖先輩!やっぱり僕とお茶をする気になったんですね!?」
「有栖、お前にはもっと沢山の薔薇が要るだろう。ここに用意したからこっちへ来い。」
ワラワラ集まり出した生徒会メンバーに、俺は苦笑を浮かべる。
束になられては、俺の手に負えない。
――ああ、もう帰りたいな。
そう思った時、隣に居た正兎が大きな声を上げた。
「わわわっ、あと5分でチャイムが鳴っちゃう!急がなきゃ遅刻しちゃうよ!」
『有栖、行こう!』と言うなり部屋を飛び出す正兎。
俺は暫しその後ろ姿を見送ると――……
「そういう事なので、失礼します。
……待って、待てよ、正兎!!」
せっかちで、どこか抜けている¨兎¨の後を追いかけるのだった。
END
12.0804