▼ 不良×ビビり


『放課後、校舎裏で待つ』



朝、学校に着いて下駄箱を開けたら、お世辞にも綺麗とは言えない字で、ルーズリーフに書かれた呼び出しの手紙が入っていた。
俺は、このラブレターとは程遠い不穏な手紙に、心当たりが無いと言えば無いが、あると言えばあった。

と言うのも俺は、外見が酷くモサイ。

自分で言うのも難だが、今までイジメにあわなかった事が奇跡だと思うくらい、俺はイジメの標的に最適な男だった。

黒く、重苦しい髪を目が隠れる程伸ばし、ひょろりと色白で細い体はまさにモヤシ。
人見知りで友人らしい友人も居らず、おまけにビビりで、ちょっとでも凄まれれば簡単にパシられる自信があった。



そしてとうとう、俺にも¨その時¨が――



「卒業まであと1年、平和に暮らしたかったな。」



そんな事をボヤきつつ『痛い目みないように、大人しく従おう。』と、既にパシられる覚悟を決めていた。







放課後、憂鬱な気分で足を引きずり校舎裏を目指す。
覚悟を決めたからと言って、パシられたい訳では勿論ない。
手紙の差出人が、この事を忘れていれば良いのに……という願いも虚しく、校舎裏には1人の男が待ち構えていた。



「……遅ぇ。」

「っ、」


ズゴゴゴゴゴ!と、凄まじいオーラを放ち、如何にも不機嫌そうに寄せられた眉と、底冷えする程低い声から、男の苛立ち具合が伺える。



――久我 龍平(クガ リョウヘイ)



学校一目を合わせてはいけない、口をきいてはいけない、触れてはいけない、超危険人物。
目を合わせれば病院送り、口をきいたら病院送り、洋服の裾だろうが触れたら病院送り。

奴の赤い短髪は、何百もの被害者の返り血で染まった……なんて噂まで聞く。

そんなデンジャラスボーイが、青筋浮かべてズンズンこちらへ近付いて来る。



……あ、俺死んだ。



瞬時にそう思った。
今の俺は、生を諦めた草食動物。
逃げる事はせず、ただただ男を見つめ震えていた。



「畑山(ハタケヤマ)」

「っは、はははははは、いっ!」



目の前にまで距離を詰めた男に名前を呼ばれ、猫背をピンッと伸ばし返事を返す。
緊張のあまり『は』を連呼してしまったが、決して愉快に笑った訳ではない。



「……きだ。」

「…………え?」

「……好きだ!」

「……………………え、え?」

「べ、別に殺したい程好きだとは言ってねぇからなっ!!」

「ひっ、」



真っ赤な頭髪に負けるとも劣らず赤い顔で、殺したいとか何とか言う男に短い悲鳴を上げる。
俺はもう、恐くて恐くて、男が何故、怒鳴っているのか、何を言っているのか、上手く理解できなかった。



「だから、つ、付き合ってやっても良いっつってんだよ!!」

「ひっ、う、あ」

「ああ゛?ハイか、イエスか、OKか、ハッキリ言えや!!」

「っは、はひ。」



人形のように首をふって、やっとの思いで返事を返すと、俺は意識を手放した。



――――――――――



「ホラ、食え。い、言っとくけどな、お前の為に作った訳じゃなくて、俺のついでだからな!…………残したら殺す。」

「いっ、いただきます。」



例の呼び出しから1週間。
俺はどうやら、男の¨恋人¨になったらしい。
いつどこで男に目をつけられ、あまつさえ惚れられたかは知らないが、今もこうして、男の手作り弁当を囲んで昼食をとっている。
男曰く、これは¨ついで¨らしいのだが、弁当の中身を見る限り、俺の大好物ばかりだ。
唐揚げ、だし巻き玉子に、アスパラベーコン、デザートにサクランボまである。



「…………美味いか?」

「っは、はい。」



正直、男に見られながらの食事は食べた気がしないし、味も感じない。
それでも、不味くはないと断言できる。
意外な事に、男は料理が上手かった。



そしてもう1つ、俺はある事に気が付いた。



「ふんっ、俺の弁当が美味いのは当たり前だろ!お前に褒められても嬉しくねぇんだよ!」



ぷいっとそっぽを向く男の耳が赤い。



……俺は思ったのだ。
これは¨ツンデレ¨というものでは?と。



今だかつて、こんなに恐ろしい¨ツンデレ¨と出会った事はないが、冷静に思い返せば『そうかもしれない。』と納得できた。
それと同時に、可笑しくもある。

まぁ、だからと言って、この状況に慣れるかと言ったら否だ。

俺は1週間経った今でも、男が恐くて恐くて仕方がない。

ふと辺りを見渡せば、こちらと極限まで距離をあけた生徒が数人居るだけの寂しい室内。
それもそうだろう。
男が恐いのは、俺だけじゃない。

この間まで、親しくなくとも言葉を交わすクラスメートは居た。
それなのに今は、俺と関わってくれる数少ない人間まで、男のせいで居なくなったのだ。



――ガンッ!!



己の状況に内心で嘆いていると、机が1つ男の長い足で蹴りとばされた。
ガタガタガタッ……と激しい音が止み、元々静かだった教室が更に静まりかえる。



「っ、」



さっきまで唐揚げを突き刺していた箸の尖端を、俺の眼球すれすれに突き付けて男は言う。



「余所見すんじゃねぇ。目ん玉潰すぞ。」



サァッ――と血の気が引いていく。
俺は再び、人形のように首をふった。



「……次はねぇからな。」



そして思う。
男はやはり、ツンデレなんかじゃない。
これは、むしろ――……







俺は今、久我 龍平の家に来ている。
男は一人暮らしをしているらしく『遠慮するな』と無理矢理連れて来られた。



「ホラよ!」

「っす、すみません。」



ダンッと乱暴に置かれたグラスの中身がタプタプと揺れ、テーブルに飛び散る。
俺は点々としたオレンジのシミが気になるも、向かいに座る男へ意識を向けた。
……昼休みの恐怖が忘れられないのだ。



「………………」

「………………」

「………………」

「………………」



――チクタクチクタク



秒針の音だけが響く。
男は身動きせずジーっと俺を睨み付け、その視線を、俺は冷や汗ダラダラで受け止めた。
……1分1秒が恐ろしく長い。



「チッ、もうこんな時間か。」



時が止まったかと錯覚しそうな重苦しい雰囲気の中、男が呟いた。
つられるようにして見た時計は、夜の7時を指している。
俺は、やっと解放されるのだと胸を撫で下ろした。



「……そ、それじゃあ、お、おお俺はかえ、帰ります。」

「ああ゛?」

「ひうっ、」



そそくさと立ち上がり、一刻も早くこの家を出ようとした所、痛い程の力で肩を掴まれ、動くに動けず涙が浮かぶ。



「……何で帰るんだよ。」

「も、もう、よ、夜なの、で、迷、迷惑だろ、から……で、す。」

「そんなのは理由にならねぇ!……お、お前が居たいっつうんなら、ずっとここに居る事を許可してやってもいい。」



『どうなんだ、ああ゛?』と凄む男に、本気で勘弁してほしいと思った。

どうしよう、どうやって断ろう。
必死で頭をひねっていると、視界の隅に銀色の鎖が目についた。
無意識にそれを辿ると、鎖はベットに繋がれていて、手錠や首輪らしき物まで見える。

俺はそれをナニに使うのか知らない。
部屋のインテリアかもしれないし、ペットを飼うのかもしれない。
それでも『ここに居てはいけない』瞬時にそう判断した。

ドッドッドッドッと、いつになく心臓が音を上げる。



「……し、しし心臓が、もた、もたない、ので、きょ、今日は帰り、ます。」



男は暫しポカンとした後、何を勘違いしたのか『照れてんじゃねぇよ』と、耳を赤くして頬をかいた。
妙な誤解も受けたが、無事に帰れそうなので結果オーライだ。



「……ま、今日じゃなくても良いか。」



別れ際、ポツリと呟かれた言葉は、聞こえないフリをした。



――――――――――



男に呼び出されてから2週間。



俺は移動教室の帰り道、考えていた。
ずっとこの先、男の存在に怯えるくらいなら、本音をぶつけて殴られてしまおうか……
『アンタと一緒には居たくない!』
流石の男も、人を殺したりはしないだろう。
今、ボコボコに殴られて病院送りにされても、どのみち男と一緒に居れば、胃に穴があいて病院に送られる事は変わりない。
それならば早いとこ殴られて、この関係を清算したかった。



「っわ、」

「ってぇな、畜生!」



考え事をしていたからか、柄の悪い男にぶつかり、その仲間にまで囲まれてしまった。
バラバラと教科書が足元に散らばる。



「す、すみません。考え事してて、」

「言い訳してんじゃねぇぞ!誠意が足んねぇよ、誠意が!」



『そうだそうだ!金出せ金!』と、下品に笑い騒ぎ立てる男達。
校内でこんな絡まれ方はそうしないだろう。
『ああ、本当についてない。』と、己の運の無さを呪った。



「ご、ごめんなさい、移動教室だったから、さ、財布は持ってなくて、その……」

「ああ゛?ふざけてんじゃねぇぞ!」



まごまごする俺に焦れたのか、財布が無い事に切れたのか……それともその両方か。
興奮した男が俺の胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。
『殴られる!』咄嗟に目を瞑ったが、いつまで経っても痛みは来ず、苦しかった胸元もスッキリしている。



「ひっ、ぐあっ……や、やめっ」



ベキッ、バキッ、べチッ、と、肉と肉、骨と骨のぶつかる鈍い音に加え、低い悲鳴と呻き声が耳に届く。
恐る恐る目を開ければ、そこは地獄が広がっていた。



―― 一方的な暴力



いつの間に現れた久我 龍平が、5・6人の男を殴り、蹴りあげ、玩具のように振り回している。
恐らく、俺に絡んでいただろう男の顔は、血に濡れて元が分からない。
それでも久我は、暴力を止めなかった。



何が人を殺さないだろう、だ。
何が早いとこ殴られて……だ。
俺は知らない。
男の暴力が、病院送りが、ここまで酷いものだったなんて!!







「……大丈夫か?」



白のワイシャツが真っ赤に染まる頃、男は漸く暴力を止めた。
あの男達が生きているか、遠目じゃ判断ができない。
……ただの肉の塊に見える。



男は茫然と立ち竦む俺に手を伸ばす。
ビクリと反射的に肩が跳ね、男はくしゃりと顔を歪めた。



「……あいつ等を殴ったのは、ストレス発散の為で、お前を守る為じゃねぇ。けど、俺の側に居るなら守ってやってもいい。」



口の端に付いた血を舐め、男は言う。
声は酷く穏やかで、さっきまで人を玩具のように殴っていたなんて微塵も感じない。
そんな男の言葉を、俺は正確に理解した。



『俺の側に居れば手を出さない。けど、離れて行くなら容赦はしない。』



「……畑山」



そっと広げられた両腕に、自ら飛び込む。
ツンッ、と鉄の臭いを鼻の奥で感じながら、俺は考えを改めた。



――胃に穴があいて病院送りになる方がずっと良い。



そんな事を思い、震える手を男の背中に回し、男もまた、俺を抱きしめた。



「殺したい程、好きな訳じゃねぇんだからな。」



そう言って、男は満足そうに笑った。



END



12.0720
タイトルの『デレデレな男』って言うのは、ツンデレとヤンデレのデレデレです(笑)
 
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