▼ 変態×不憫
俺の住むアパートはこぢんまりした3階建てで各階に2つ部屋がある。
俺は大学進学と同時に3階の左部屋へ住み始め、お隣りさんは俺より先に入居した中年の独身男……辛気臭い面をした冴えないオヤジ、そんな印象だった。
「……おはよ、ございます。」
朝、いつも通り玄関を出たら、隣人にディープなキスをする男前と目があった。
マジかよ、マジかよ、お隣さん!!
あんた¨ソッチ¨だったの?!
だから今まで独身だったの?!
ああ彼氏さん男前ですねぇぇえ!!
とりあえず挨拶はしてみたものの、非常に気まずい。
俺は背中に冷や汗をかき、その場を立ち去ろうとした。
勿論、表情だけは平静を装って……
「キミ、小林さんのお隣さん?」
「っ!!!!そ、そそそそうです。お隣の隆(タカシ)です、失礼!!」
しかし突然、隣人の彼氏に声をかけられ、俺は最高にどもりつつ、脱兎の如く逃げ出したのだった。
――――――――――
恐怖の朝から3日。
あれ以来、隣人には会っていない。
そして今日も、普段通り玄関を開けた……その先に、何故か隣人の彼氏が立っていた。
俺は反射的にドアを閉めにかかる。
が、セールスマンもビックリな足技で、あえなく撃沈。
気付けば玄関へ、侵入されていた。
「やぁ、おはよう!突然押し掛けてごめんね?……どうしても君と話しがしたくて。」
「……は、話し、ですか?」
「そう、大事な……話し。」
ニコリと笑う男を前に、俺は冷や汗をダラダラ流した。
その量は、3日前の比じゃ無い……
「だだ、大事な話しと言うのは……その……やはり……あの……」
「3日前の、朝の事。」
「で、ですよねーー……」
ジワリと目尻に涙が浮かぶ。
間違い無い。
この人は¨口止め¨に来たんだ!!
そりゃディープなキスだし?!
相手オッサンだし?!
見られたくないよね?!
そして俺は、自分の身を案じた。
『あれ?これヤバくね?無事じゃ済まなくね?』……と。
「ごごごごめんなさい!!別に見ようと思って見た訳では!!何と言うか、あれは事故で!!決して誰かに言おうとか思っていませんし、口止めと言う名の暴力だけはご勘弁をぉぉおお!!」
と、神に許しを請うみたく、何度も何度も頭を下げた。
情けないとは思うが、致し方ない。
俺は平和を愛するピースマンだから!!
「どうか、どうかぁあ!!」
「……ふ、ふはは!!違う、違うよ。口止めしに来た訳じゃ無いから安心して?俺はただ、誤解を解きたくて来たんだ。」
「……ご、誤解?」
『うん、そうだよ。』と、半ベソの俺に、優しく男は言う。
とりあえず、フルボッコは免れた。
「……俺ね、本当は嫌なんだ。小林さんとキスしたりするの。彼は会社の上司で、新人だった俺は逆らえなかったって言うか……小林さんは男色で、自分より年下が好きらしい。そこで目を付けられた俺は…――」
っ……!!
オッサン、会社の部下に何て事を!
悔しそうに唇を噛み、俯いてしまった彼にかける言葉が見つからない。
「そ、その……何て言うか、元気出「っ俺だって本当は、若い子が良いのに!!」
「…………………………は?」
な、んだ、って?
突然、理解不能な事を言う彼に、ポカーンとするしかない俺。
「俺だって、俺だって本当は、若い子が好きなんだ!!オッサンの乾いた唇より、青年の分厚い唇が好みだ!!吸って噛んで舐め回して、赤くぷっくり腫れた唇を更に吸って噛んで舐め回したい!!ネットリジットリネットリと!!」
「……え?、え?」
「そして青年に、今まで感じた事の無い、強い快楽を教え込むのさ!!手とり、足とり、腰とり!!この俺が!!」
「……は?、え?」
「ああ、まだ我慢するつもりが、俺は見つけてしまった!!理想の青年を…………君だよ、隆君?」
「……え、ちょ、え?………………はぁぁああ゛?!お、俺?!」
「可愛い、可愛い、マジ可愛い!!3日前に目が合って、運命感じたんだ!!はぁはぁ、やっぱりさ、押し倒すならオッサンよりカワイ子ちゃんだよね?」
「ヒィィイイ!!ちょ、寄るな!!触るな!!近付くな!!」
『ああ、この感じ久しぶり!』と、笑顔でのし掛かる男に俺マジ涙目。
こんな事なら、フルボッコが良い!
「って嘆いてる場合かぁぁああ!!離れろぉぉお!!変態ぃぃい!!」
そう叫ぶや否や、俺は力一杯、男を押しのけ、急いで玄関を出た。
「「あ。」」
「こら、逃げちゃダメだ……あ。」
飛び出た先で、隣人と目が合った。
そこへ更に、隣人の彼氏、元い変態が現れ、最悪の状況。
「…………え、司(ツカサ)君、何でこの子の部屋から出て…………服も…………何だか乱れて、ない?」
うおおおお!!
オッサァァアアン!!
若者故の着崩しだと思って下さぁぁああい!!
「それより小林さん、何で此処に?いつもは既に電車ですよね?」
「…………書類、忘れ、て。」
『そうですか。』と、焦る俺とは対照的に、落ち着いた様子で話す男。
そんな彼に、オッサン、マジ涙目。
「っ……じゃあ、急ぐから!!」
そしてオッサンは……逃げ出した。
「…………あんた、クビじゃね?」
「んーー?大丈夫大丈夫。そろそろ違う部署に移る気だったし、¨優秀な俺¨を、簡単には切れないよ。」
「……………………今すぐ帰れ。」
「…………い、や。」
それから10分。
『帰れ』『いや』の応酬を繰り返し、何とか変態を追い返した。
*
後日、玄関を開けると、幸せそうに見知らぬ男と抱き合う隣人が居た。
ドアの音が聞こえたのか、此方を向いた隣人は――……
「この人、僕の新しい彼氏。だから、司君はお譲りします。もう遠慮する必要は無いよ!!」
と、満面の笑みで仰った。
「おはよう、隆君!!……あれぇ、小林さん、新しい恋人ですか?」
「うん、そうだよ。丁度今、この子に紹介した所。もう遠慮は要らないよ〜…って!!」
「初めまして、大木と申します。以後、お見知り置きを。」
『どうぞ宜しく〜…』と、和やかに挨拶を交わす変態共。
ナチュラルに登場したが、俺は騙されない!!
何でお前が此処に居るんだ?!と。
「俺達も、ラブラブになろうね!」
変態は俺に、耳打ちをした。
いつも通り、普段通り、玄関を開けた先に出会う災難。
何か俺――……
引き篭もりたい!!
END
12.0113
単純にオッサンがモテ過ぎと思う。