▼ 期間限定
学校から徒歩15分、最近建てられたデザイナーズマンションの最上階には、この場に相応しくない怒声が響き渡っていた。
「オ゛ラ、起きやがれ!!芦田!!テメェ早くしねぇと置いてくぞ!!ああ゛?」
ドンドンガツガツ、無遠慮に小洒落た部屋の扉を叩き、蹴る自分は、まるで借金の取り立て屋みたいだ……と、小さく溜め息をついた。
と言うのも昨日、不本意ながら、芦田との勝負に負けた俺は、律儀にも奴の¨命令¨を遂行する為、わざわざ迎えに来たと言う訳だ。
それなのに、奴が出て来る気配は一向に無い。
かれこれ10分は扉を叩き続けたはず…………流石にこれ以上、騒ぎ立てる事はできない。
「……これだけは使いたく無かった。」
そうは言っても仕方が無い。
俺は尻ポケットの財布から、事前に渡された合い鍵を取り出し、鍵穴へと差し込んだ。
『俺、超寝起き悪くてさ……今まではメイドが居たから良かったけど、両親が海外出張中、実家で1人暮らしは広過ぎるっつって、最近出来たマンションに引っ越すから、毎朝起こしに来てよ!!これ鍵。多分、無いと駄目だから。』
そう言って、軽々と渡される鍵に、他人の事ながら『大丈夫か?』と、心配になった。
些か不用心な気がする。
……まぁ、結果的に、鍵は預かっておいて正解だったが。
「畜生、何が広過ぎるから引っ越すだよ。この家も充分広いじゃねぇか。」
靴が何十も収まりそうな玄関、そこから伸びる廊下には、左右2・3個の扉が設置されている。
1人暮らしの……ましてや高校生が住む家にしちゃ豪華過ぎる程だ。
あまりにナチュラルな物言いに、流してしまったが、¨メイド¨がどうこう言ってる辺り、相当なボンボンって事、か。
「おーい、芦田テメェ、いい加減出て来いや!!」
そんな事を考えつつ、俺は声を張り上げ、部屋の扉を開けて行く。
手前から2つ目、右側の部屋、そこがどうやら寝室らしく、真ん中にセミダブルの黒いベッドがある……そのベッドの中心で、上下する塊が1つ。
「あの野郎…………おい、テメェ!!いい加減起きろよ!!どんだけ眠てぇんだよ、お前!!」
「…………………………チッ」
「っ!?」
何時までも起きない男にじれ、体を揺さぶれば、盛大な舌打ちと、睨みが返って来た。
今までに対峙した、どの不良達より、凄みがある。
――――――――――
「いやぁ、おはよう!!榎本!!悪かったな、俺、本当に寝起き悪くて。大変だっただろ?」
「………………。」
¨スッキリ¨顔の芦田に対し、2度寝、3度寝を阻止する為、必死に格闘した俺は¨グッタリ¨だった。
その後、何とか無事に登校した俺達は、昼と放課後以外、関わる事はない。
ただ………………
「これ、手作り?」
「ああ、(ババアの)手作りだ。」
「…………ふーん?」
何故か¨手作り¨に拘る芦田は、『明日から、榎本自身が作って来てね、料理が出来ないなら練習しろ。』と、素敵な笑顔でのたまった。
不審がるババアを説得して、弁当を作らせた俺の努力は一体…………
結局は夕飯もカップ麺で済ませ、『明日は期待してるから。まぁ、カップ麺も好きだけど。』と、言う言葉を受け取り、その日1日の命令遂行は完了した。
『カップ麺が好きなら、1ヶ月それ食って過ごせ!!』
この言葉は胸にしまい、想像していたより、ハードな1ヶ月になりそうだ…………と、俺は息を吐き出した。
11.0801