「ねぇ、伊達ちゃん」

4月1日のカレンダーがこれみよがしに貼ってある道場で、俺は少し離れた場所に座っていた伊達ちゃんに話し掛けた。
普段なら話し掛けなんか絶対にしないし、二人きりにもならない。顔を合わせれば互いを罵り罵倒する言葉が飛び交い、本気の喧嘩をするのが俺と伊達ちゃんの仲だ。
でも今は丁度旦那もいないし、今日しか言えない事だからしょうがない。
伊達ちゃんは怠そうに俺を見て「あぁ?」って顔をしていた。ほんと、腹が立つ。

「実はさ、今まで言えなかったんだけど」

まあ腹が立つのは何時もだし、俺様今日は寛容な気分だから文句は言わなかった。
さも思い詰まった、大切な話を切り出すような表情で俺は言う。伊達ちゃんの顔にはシワが増えた。

「何だよ。さっさと言え、猿」

言い捨てるように言う伊達ちゃんに顔が引き攣りそうになったが、何とか抑えた。こういう時ポーカーフェイスは便利だ。
何でこんな奴がモテるのか甚だ不思議だが、きっと顔の所為だと思う。じゃなかったらジャイアニズム全開のナルシスト野郎がモテるはずがない。
言いたい文句を飲み込んで、俺は真剣な、だけど少し弱々しさを醸し出しながら今日のメインを口にした。

「俺さ、伊達ちゃんの事好きなんだ」

「・・・は?」

伊達ちゃんが「何言ってんだこいつ」という言葉を顔面全体に表現した。なんつー分かり易さだ。
俺は伊達ちゃんが何か言い出す前に、畳み掛けるように告白を続けた。

「何時もさ、伊達ちゃんと喧嘩しちゃうのは、例え喧嘩でも俺を見てほしかったんだよね。でも、伊達ちゃんに嫌いって言われると俺は好きなのにって思ってた。だから余計苛々しちゃって嫌いって態度とっちゃってたんだ」

自分で言っておきながら、背中に悪寒が走った。何だ、この小学生みたいな理由は。

「・・・・・・本気か」

伊達ちゃんは睨み付けるように俺に問い掛けてきた。そらまあ、そうなるよね。逆の立場なら俺様もそうするもん。
喧嘩しかして来なかった大嫌いな相手が、いきなり好きだったとか言ってきたら普通信じませんよね。
でも今日だけのイベントだから、俺は内心笑いながら表面は殊勝な振りをした。

「嘘ならよかったんだけどね。いきなりこんな事言われても困るよね・・・」

ごめんね、と小さく呟く。少し離れた場所に座っていた伊達ちゃんを上目使いで確認してみれば、伊達ちゃんの目はカレンダーに止まり、時計でまた止まってその後に漸く俺と目が合った。
伊達ちゃんは目が合うと立ち上がり、ずんずん歩いて来て俺の目の前に座った。
伊達ちゃんの腕が上がる。俺はバレて殴られるかと身構えた。

「No!実はな・・・俺もお前が好きだったんだよ」

「え?」

今度は俺が怪訝な顔をする番だった。
殴られるかと思われた腕は、口をポカンと開けて見返す俺の肩に置かれた。

「正にお前の言った通りだ。こいつ真田ばっかりに構いやがって気に食わねぇって思ってた。俺達ゃ、同じ事思ってたんだな」

真っ直ぐ俺を見ながら言った伊達ちゃんの言葉を頭の中で反芻させて、言葉をかみ砕いて、やっと意味が分かった。分かった瞬間、口角が上がりそうになったのを何とか防ぐ。

こいつ、乗ってきやがった。

元々は俺が始めた事だ。ならば、俺も乗るしかない。

「・・・・・・本当に?俺酷い事いっぱい言ったよ?気持ち悪いとかDQNとか腐れロリコンとか」

殊勝な態度で、目にうっすら涙さえ浮かべて俺は伊達ちゃんを見上げる。
こんな内心が分かり切っているのに続けるのは茶番としか言いようがない。良い趣味してると思うよ、俺様も伊達ちゃんも。

「んなこたぁお互い様だし、今さらどうでもいいんだよ。俺の長年の思いが叶ったんだぜ?姫君も真っ青な程大切にしてやるから覚悟しろよ、my honey」

「ありがとう、伊達ちゃん・・・っ!」

気持ち悪いくらいに優しい伊達ちゃんに、俺は感極まったように名前を言う。ちなみに安心と嬉しさからの素敵な笑顔付き。
伊達ちゃんはそんな俺の頬を両手で包んで、「おう。幸せになろうぜ、佐助」と笑った。
もう鳥肌立ちまくりで悪寒走りまくりだ。伊達ちゃんに乙女が憧れる両頬包みをされる日が来るとは夢にまで、いや、地球滅亡しても思わなかった。
そろそろネタばらしをしてもいいだろう。てか、俺様が堪えられない。
さあ、分かり切ったネタをばらして茶番を止めて何時も通り喧嘩しよう。

「あとね、実は」

「佐助、知ってるか?」

「え?」

そう考えて伊達ちゃんの手をさりげなく外し話を切り出した俺の言葉に、被せるようにして伊達ちゃんは口を開いた。
ネタばらしをしようとした鼻先を折られ、俺は呆けてしまう。そんな俺に伊達ちゃんは満足げに目を細めた。

「April foolで嘘ついていいのは午前中だけなんだぜ。午後は嘘をバラすtimeだ。What time is it now?」

言われた言葉を上手く飲み込めず、俺は呆けたままカレンダーの上にある時計を見た。

「・・・・・・14時」

「そう、午後2時だ。つまりお前は本音を言ったんだ、そうだろ?」

勝った気満々で笑う伊達ちゃんが腹立つ。そんな事を頭の片隅で考えながら、今得た情報を瞬時に整理する。
エイプリルフールで嘘をついていいのは午前中だけ。午後は嘘をばらす時間。
今は14時。俺が言ったのは嘘をばらす時間。
つまり、そうなるの?
そう行き着いた瞬間、顔の血の気が引いた。

「しっ、知らないよそんな事っ!大体伊達ちゃんだって乗ってきたじゃない、顔見たらすぐ喧嘩する俺を好きだって」

嵌めるつもりが嵌められて、屈辱とか羞恥心とかでもうポーカーフェイスもぼろぼろだ。
普通知らないよ、そんな細かい設定。てか伊達ちゃんもバリバリ嘘ついてるからね。
内心ぐちゃぐちゃのままそう伊達ちゃんに指摘すれば、俺の予想もしなかった言葉が返ってきた。

「俺ぁ乗りはしたが嘘はついてないぜ」

今だにドヤ顔風味な腹の立つ笑みを浮かべて、伊達ちゃんは自信満々に言い放った。
俺は「は?」と眉を寄せて素っ頓狂な声を上げる。「は?」としか言えないんだけど。意味が分からない。
そんな俺の態度が気に食わなかったのだろう、伊達ちゃんは盛大に舌打ちをした。

「猿にも分かりやすく言ってやるよ。俺は、お前が、好きだ」

俺は、お前が、好きだ。
好き。好き?あれ、好きって何だっけ。
大切にしたいとか、付き合いたいとか、幸せにしたいとか、そんな意味だったような。
伊達ちゃんが俺を好き?

「・・・いやいやいや、有り得ないっしょ!俺様も酷い事言ったけどあんたも相当俺に言ったからね」

「そりゃあアレだ、好きな奴程苛めたいってやつ?しっかしお前のあの罵詈雑言は照れ隠しだったのか。可愛いじゃねぇか、流石は俺の恋人だな」

顔の血の気どころか精神的にも引いた俺は、今までの事を思い返しながら否定したが、それを伊達ちゃんが上から否定しやがった。
しかもさらりと恋人とか言い出して、俺のぐちゃぐちゃな頭に拍車が掛かる。
ただ恋人という響きが強すぎて、俺は飲んだ息を一気に吐き出した。

「〜〜〜っ!こういう時こそ英語使ってよ!あんたの恋人とか何か重い!」

「真剣に話てんだ、真心込めるに決まってんだろ、俺の佐助」

「気持ち悪いんですけどぉ!」

普段俺には絶対に見せないであろう真摯な目で言ってくる伊達ちゃんに、鳥肌を立たせながら俺は声を上げた。
こいつ普段の態度と180度違ぇじゃねぇか!何だよ俺の恋人って、気持ち悪いとしか言えないんですけどぉ!
しかし俺の心の叫びは伊達ちゃんには通じなかったらしい。

「はっ!あんなん聞いたら最早可愛いとしか思えねぇ罵詈雑言だぜ」

とか余裕の表情で笑ってきやがった。

「きっしょ!!」

俺の本音を叫んでも、きっともう伊達ちゃんには罵詈雑言じゃなく照れ隠しに聞こえるのだろう。うわ、やってらんないわ。
俺の予想はやはり当たり、伊達ちゃんは聞こえていなかったかのように俺の肩を抱いた。

「大切にしてやるよ、佐助」

「・・・・・・今は午後2時ですけど」

「だからだろ」

「ほんと、キザっさらしのナルシストの伊達男め」

吐き捨てるように言えば、伊達ちゃんは愉しそうにくつくつ笑った。

「何とでも言えよ、素直じゃねぇな」

「悪かったね、素直じゃなくて!」

アンタ相手に素直になる訳ないだろ。
噛み付くようにそう言った俺は伊達ちゃんの方を向いた。それが悪かった。

「だがそんな所も好きだぜ」

伊達ちゃんは目を細め、本当に愛おしそうに俺を見ていた。ぞわりと何かが背中を走る。
今まで何だかんだ言っても、今日はエイプリルフールで伊達ちゃんが俺をからかってるだけかと思っていた。しかし、それは違ったんだ。
至近距離で言われた伊達ちゃんの言葉が、本気だと分かった。

「・・・・・・うぅ・・・っ」

伊達ちゃんの言葉に、俺は狼狽える。
言葉に詰まっている俺の頬を、伊達ちゃんは軽く撫でた。

「愛してる、佐助」

さっきから熱かった顔に更に熱が加わる。きっと俺の顔は今真っ赤だ。
ああ、気に食わない。何が一番気に食わないって、俺様がこんな伊達男によって揺さぶれてる事だ。
そうだよ、小学生みたいな理由だったんだよ。悪いね、馬鹿で。そう心の中で愚痴る。
けどまあ、当初の計画とは違うけど、あのナルシスト全開のジャイアンが乗って、しかもここまでやってくれたんだ。
決して伊達ちゃんに負けたとか、視線を逸らせなかったとかじゃないけど。
一度だけ、一度だけ素直になってやるよ。

「・・・・・・・・・・me too」

抱き締めてきた伊達ちゃんに身を預けたのは、疲れてたからという事にした。






真心アントルー



嵌まっていたの、最初から。



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