「ねぇ達海さん、キスしよっか」
「んー、今無理」
俺の部屋のソファーに座ってテレビに釘付けになっている達海さんにそう提案したら、達海さんは振り向きもせず生返事混じりに返してきた。
そんな達海さんの横顔を眺めながら俺はまた提案する。
「じゃあセックス」
「尚更無理」
「・・・無理やりって燃えると思わね?」
達海さんの横顔を眺めながらそう言ったら、達海さんは顔をしかめた。
「・・・したら俺ジーノの所に行くから」
唇を突き出し、何処かふて腐れた顔で言う。それに俺は吹き出した。
「ギャハッ!嘘嘘今はやんないよ。もしかして達海さんちょっと怯えちゃった?超カワイーッ!」
笑って言う俺に、達海さんはジロリと睨み付けた。ただそれは一瞬で、また視線はテレビへと向かってしまう。
「今って何。何時かすんの?」
「したら?」
「浮気する」
あっさりと言われた言葉に、俺は肩を竦めて両手を上げる。ホールドアップ。それだけは勘弁してよ。
「そりゃ勘弁。てか浮気相手があのジーノとかマジ面倒臭くなるの請け合いじゃん!」
カハッと小さく笑う。テレビに映る王子様は余裕綽々とした態度でピッチ内を掻き回していた。
達海さんは、そんな王子様を見詰めながら、悪戯っぽく笑う。
「ニヒッ、じゃあダンディにしてやろーか」
「うっわ、それこそ勘弁して欲しいね。達海さん年上の包容力ある人に弱そうだし」
「何、そんなあっさり負け宣言しちゃうの?ビクトリーの王様は」
「まさか。例え平泉さん相手でも俺は退かないよ?」
「さっすがー」
「でもそうなったら、選手と監督が他のクラブの監督巡って修羅場だよねー。俺はスタメン外される事ないから構わないけど、周りが被害いくんじゃね?そうならないように、達海さんをしっかり繋いどかないとねぇ。首輪でも買ってあげようか」
ウチがそうなったら、三雲やら堀やら他の連中が精神的にやられちゃいそうだよね。あ、俺きっと苛々しちゃうから手も出ちゃうかも。まあそれはないとは思うけど。
でも実際そうなったら、城さん以外は駄目かな。あは、ヤバイじゃん。
俺がそう考えた事を達海さんも考えたのか、口角を上げてテレビを眺めていた。
「ビクトリーがそうなってくれりゃあウチとしては万々歳だから遠慮するわ。てかさっきから何なの」
俺ビデオ観てたんだけど。
ちらり、とまた俺に視線を投げ掛ける。しかし、少し邪険さを含んだそれは、案の定すぐに外された。
うん、知ってる。軽い口調で俺は言う。
「ビデオ観てるのは別に構わないんだけどさぁ」
達海さんに向けていた視線を、テレビへと変える。
ETUの選手が走り回る画面を指差して、俺は唇を尖らせた。
「何で俺が出てない試合観てんの?」
例えば相手が大阪だったり山形だったりしたら俺も一緒に観てるさ。あ、批評しながらだけどね。
でも実際はビクトリーとETUの東京ダービー。言い換えればウチと達海さん率いるクラブの試合。
しかも俺が出ていない。もう観る気失せるよね。
「出てるじゃん、後半終盤に」
「まあねー」
後半終盤なんだよ、出てるのは。今観てんの前半戦じゃん。この試合いらつくんだよね。しかも俺ずっとベンチに居たからゲームの動きとか分かるし。
だからそろそろ。
『ETU先制点!決めたのは7番、椿ーーー!!』
ああ、ほら。
達海さんは画面に向かって「椿よくやった、偉いぞお前!」と興奮している。
椿君がゴールした瞬間のハイライトを流している画面を眺めていたら、振り返った達海さんが「持田怖っ!」と驚いていた。
「お前その顔怖ぇよ」
そう言う達海さんは半目で眉を寄せていた。
きっと今、俺は椿君に向ける笑顔を浮かべている。達海さんが滅多に言わない褒め言葉を言ったから、普段より絶対酷い。
城西さんいわく瞳孔を開ききったまま笑っていれば、達海さんははぁとため息を吐いて俺の太ももを叩いた。
「モッチー、足ちょっと開いて」
パンパンと叩かれる自分の足を見詰め、俺は数秒迷って足を広げる。何だかんだで、達海さんの思い通りになっている気がして気にくわない。
しかし達海さんは俺のそんな心情に気にする事もなく、「よいしょ」と親父臭い掛け声を掛けて俺の足の間に座った。
「手ぇ貸してー」
そう一応言われたが、俺が腕を動かす前に達海さんに手を取られ、そのまま達海さんの腹に腕を回された。達海さんの重さが俺にのし掛かる。
「構って欲しかったの?」
相変わらず、達海さんの視線はテレビに釘付けだ。俺は邪魔してやろうと腹に回された腕に力を込めた。
「それもあるけど、自分のチームなのに俺が出てないゲーム観てるとか有り得ないでしょー」
俺が出てたら俺のプレーだけ観てたはずなのに。
そう言ってやれば、達海さんが吹き出した。
「ハハッ!すんげー自信!」
「そんな俺が好きなんだろ?」
「うん」
肩に頭を置いて聞くと、照れもなくあっさりと達海さんは頷いた。
「お前のその絶対的な自信も勝利に貪欲なのも好戦的な所も全部好きだぜ」
テレビに向けていた視線が、今度は俺に注がれる。真剣で鋭いその視線に、俺は思わず息を飲んだ。
挑発的に笑う達海さんに対して、俺は乾いた笑みを溢す。
「ッハ、格好良すぎでしょ達海さん」
俺の方が照れちゃったよ。
そう呟けば、達海さんは満足げに笑って、顔を前に戻した。
「モッチーは俺の事大好きだもんなー」
「俺のはやばいよ?監禁して俺だけ見させて全部俺のにしたいもん」
「してるじゃん」
ほら。
達海さんが自分の腹に回された腕を指差す。その手を掴んで、拘束するように腕の中に納めた。
「えー?テレビに俺いねぇじゃん」
「ハハッ、じゃあコレ見終わったらお前出てる奴観ようぜ」
おどけたように言えば、達海さんが笑う。その震動を感じながら、俺はうーん、と声を上げた。きっと達海さんも肩を通じて俺の震動を感じているのだろう。そう思うと、何だか愉快だった。
「それも良いけど、俺そろそろ本当に限界なんだよねー」
「えー、俺もう一本ぐらい観たいんだけどー」
「じゃあ無理矢理?」
「修羅場かぁ」
しみじみと達海さんが呟く。それに俺は本日二度目のホールドアップをする。今度は心の中だけど。
「ハハッ、達海さん我が儘だよね!」
「たりめーだ、お前に妥協してたら身体幾つあっても足りねぇよ」
笑って言えば、達海さんはバンバンと俺の腕を叩いた。俺は腕に力を込めた。
「うん、そんな達海さんが堪んないんだけどね」
「どうもー」
達海さんの肩に顎を置き、テレビを見ながら言う。達海さんもテレビを見ながら応える。
「まぁ修羅場はともかく。一緒に観ようぜ、コレ。自分のチームメイトの動き知っとくのも大事だろ?」
「周りが俺に合わせりゃいいんだよ」
「ハハッ、言うねぇ!」
不遜に言い放った俺に、達海さんが楽しそうに笑う。今日の達海さんはよく笑うなぁ、と思いながら、俺は揺れてる耳に吹き込む。
「コレ観たら直行ベッドね」
「はいはい」
返事はまるで言うことを聞かない子供をたしなめるようなものだったけど、もう一本と言っていた達海さんが了承してくれた事が嬉しかった。
あの自分の意見を滅多に変えない達海さんが、俺の我が儘に折れてくれた。そう思うと、自然と顔がにやけてきた。
俺も愛されてるんだな。
そんな事を今更実感して、もう画面しか目に入っていない王様を抱きしめた。
気任せチェイン
これが俺達の愛の形。
(『持田を止めたのは椿だーーっ!!』)(・・・・・・・・・)(持田顔怖ぁい)