誰かが私を殺している。
生命って変だよねと眼前の見えない頭は呟くのだ、あんなにも力強く綺麗な存在だというのに呆気なく死ぬだなんて。ねェ。
「例えばまるで今の君みたいに」
ひくりと喉が痙攣して双子のOを要求したのに不本意な圧迫はソレを許してはくれない、却下、却下、却下の応酬。地に着いた筈の脚は最早ただの棒切れであった、ゆるりと視界が揺らぐ。
(あたたかい。)
これで良いのかもしれないと石灰に濁った脳の皺も囁く、悲しいことはみんな忘れてしまおう、純粋な善意に包まれてしまおう、早く、早く、「さぁ早く、」今すぐに。
お前なんか、と響く声は優しく泣いていた。じわりと熱を持った首筋を絞め続ける指先がぎりりと声を上げる、それをぼんやりとした角膜と鼓膜で受け止めているとなんだか眠くなってきた。
「もうさ、疲れちゃったんだよ」
私を殺しながら誰かは小さく震えるのだ、なにも無いセカイで自ら独りぼっちになろうとするのはどうしてだい。孤独。孤独。寂しくロンリー。疲れたんなら君、が。
「ねぇお願い、次は、」
ひう、と気管の隙間が潰れる、そんな最後に何か言われた気がした。
(どろりと降りた暗幕はあァ、柔らかい羊水か。)

『タイムパラドックスって知ってるかい、例えば仮にタイムマシンが存在するとして何を思ったか過去の自分に会いにいくんだ。見てみりゃ呑気に昼まで寝てる昔の自分は相当腹が立つ苛々々なんかムカつくから取り敢えず死ね! ぐしゃり、振り下ろしてみたそこらの角材で過去の自分は木っ端微塵でアァ清々した。だけど考えてみりゃ目の前のボロ雑巾って自分? あれじゃあ今居る自分は(ぶつり、)そりゃあ自分の存在はその瞬間に終わっちまう、あれ。じゃあこの肉のカタマリなんで有るの(ぶつり、)なんだ死んでないじゃないかそりゃ殺す奴が居ないからね、アレなら自分は居るから過去の自分を殺さなきゃあれでもそしたら自分は消えて過去の自分は死なないででもそしたら自分ジブン吁あぁ唖アアァァアアあ嗚呼(つまりこの手のムジュンたる成立し得ない瞬間的無限ループをそう呼ぶのですよ)ァアアあ嗚呼、!!!』

私が誰かを殺している。
背格好を同じくした存在は顔だけがモヤのようで不安定に個人を覆い隠す、その頭と胴を繋ぐぬるりと白い首に手をかけ力を込めていた。ぎりり、ぎりりり。
「あぁ本当に儚いんだなァ」
ぐり、と加えた圧力に関節が白々と蠢いて沸き上がる吐き気、吐き気、吐き気、向かいの細胞のカタマリは腐っていなかったけれど微動だにしない。
(あたたかい。)
憎悪でも偶然でも衝動でもない純粋な善意の囁きが思考と体液にゆるりと融解して眼球と口腔からふいに溢れ出す、お前なんか、お前なんか、(ねぇ早く、)今すぐに。
全てを託した無音の叫びが指先をぬるく焦がす。じとりと触れる喉元に熱を伝えながら脳がぐらぐらしていた、愛する事の出来なかった肉体も精神も投げ出してすぐさま眠ってしまいたい。
「今の私じゃ、駄目だったんだ」
憐れむような視線を注がれているのだろう、なにも無いセカイで自ら独りぼっちになろうとしているのだから。孤独。孤独。寂しくロンリー。だからそれだから君、が。
「もっと強く、生きて、」
もはや機能してないかもしれない鼓膜に、無駄な願いを呟く。
(ぶつりと切れた耳鳴はあァ、痛ましい安息か。)

『間違えた現在からの消滅は帰れない過去への逃避と足掻けない未来への抵抗でだけれど所詮は夢で結局はなぁんにも変わりやしないんだよ悲しいねエェ、摂理を螺曲げて事実を歪めればどうしようもなく狂いに狂った秒針がブチ跳ぶとでも! こぉれだからアサハカなんだよ、ネぇ君、そんな馬鹿なコトを繰り返し繰り返すばかな暇あるんなら甘くも! 優しくも! あたたかくもないソイツにとっとと目ぇ向けろよォォ気付いてんなら逃げて、一体、どうするつもりなんだィイい?』

「馬鹿なのは分かっていた、脆弱なのも分かっていた、どうにもならないのも分かっていた、だけれどおおよそ知り得るすべてを持ってして変われないのが私だった、ワラうなら笑いたまえ? そんな価値も見出だせない屑で宜しければどぉぞご自由に、私は今日も甘んじて、不味い体液を啜る。」

私が、私を殺していた。
(そうしてまた、繰り返す。)



10冬/部誌掲載/マフラー



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