半壊した屋敷の、最奥にあるこの部屋。武器であるグリーブを填めたまま綱吉は空を見上げた。
こうなることは分かっていたから部下に頼めなかった。自分で敵対組織のアジトに乗り込んだ。こうなることは分かっていたのだ。見知った顔の混じる相手と対峙するのは未だに慣れない。どうしても手が鈍る。けれど、本能というものはいかに恐ろしいものか、確実に相手の急所を目がけて振り下ろされる自分の拳は相手を二度と目覚めないガラクタに変えていく。
最後に残ったのは、自分と、動かなくなった人であったもの。崩れた天井からは薄明るい月光が差しこんで、壊れてしまったシャンデリアの代わりに部屋を照らした。

茫然と、部屋の真ん中から空を見上げる。
月には薄く雲がかかっている。ポツリ、と頬に滴が落ちてきたが、綱吉はそのまま動かなかった。ポツリ、ポツリ。だんだんと雨脚は強まって、頬も、髪も、服にも雨水がしみ込んだ。重く、重くなっていく体。
足元の毛足の短い絨毯にもどんどんと染みが広がっていく。
月明かりでは色は分からない。水よりもドロリとしたものが雨水と混ざってフローリングに広がっていく。

見上げていた空から月が隠れて消えて、綱吉は一歩また一歩と部屋を出て階段を下りた。
ああ、こんなにもびしょ濡れではタクシーも拾えないではないか。
一人ごちて、携帯を取り出しコールした。

『Pronto』
「ザンザス?」
『…なんだ、てめぇか』
「あのさ…、」
『終わったのか』
「うん。傘持ってなくて、濡れちゃったから迎えに来てくれない?」
『待ってろ』

グローブをしたままの両手をぎり、と握る。それからゆっくり開いて、濡れて額にはり付いた前髪をかき上げた。
振り続く雨に濡れるまま、屋敷の前で一人佇む。
あとどれ位で迎えの車が来るのか。そんなことはどうでもよかった。


【くろは】
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