ぜんぶ運命だって知ってたよ
森早

※黄笠有



俺は女の子が好きだ。
バスケを始めた理由はと聞かれれば俺はいつだって自信を持って答える。

「モテるから」

三つ上の兄貴は同じような性格をしていて同じような理由で、ただ、俺とは違ったサッカーをし始めた。
女子の歓声を背に浴びてはためくユニフォームを風に揺らす。汗に濡れた額を拭おうと裾を捲り上げれば、ちらりと臍が見えて女子の黄色い悲鳴が周囲に巻き起こった。
だけど兄貴は一途で、真っ直ぐで真摯な人間だった。ただひとり、自分の両手に抱ける女性を得て満足げに笑っていた。
俺には理解出来なかった。

全世界の可愛い女の子が俺の正義で、誰かひとりを選ぶなんてことは邪道とは言わなくとも考えられないことだった。
何故なら、俺は『その先』を見据えていないから。
女の子が一番望むものはお付き合いの果てにある結婚。そして家庭。そのためにお見合いだの婚活だの妊活だのと言ったものが存在するんだろう。
俺は自由に愛を求めたかった。何も、一夫多妻みたいな馬鹿げた話をしているわけじゃなく、可愛い相手に可愛いと言いたかった。
世の中はそうもいかない。
ひとりと付き合えば目の前の女性以外に年頃の可愛い女の子が居たからとお茶に誘えば当然ながら浮気や二股扱いを受け、果てには今日の潰れた授業の自習中に暇でスマホを弄りつつ眺めていたべたな昼ドラみたいに最低と罵られる修羅場にもなりかねない。
ただ、純粋に下心もなく可愛いといっただけのそれが罪になるのだ。

今日の昼飯の間には女子のグループがきゃっきゃと騒ぎながら付き合う男について愉しげに話をしていたし、その中で聞いた『女子がジャニーズ好きなのと彼氏がアイドルとか好きなのはちょっと嫌だよねぇ』というのはどういう了見か。みゆみゆもマミリンも捨てがたいけどむーこが一番可愛い。可愛いものを可愛い、そう思うのは普通で女子も格好良いものは格好と思うんだろう?
別にリアルじゃなくても二次元が好きなら好きでいいと思う。ちょっと人から見たらえっと引かれるかもしれないBLやGLが好きでもいいと思う。それは飽くまでその人間を構成する個性だから。駄洒落じゃないんだから笑うなよ。
だからその人の自由を取り上げちゃいけないし、好きなら好きで逆に相手の好きもそれでも良いよ、そんな君が好きだよと尊重してあげるのが愛だ。
でも、自分は他の男も見たいけどそれは手の届かない話だから構わない、だけど男には私だけを見ていて欲しい。それって言うのは。

「可笑しいと思わないか?」

「…なんスか突然」

ワイシャツの釦を留めるのに苦労していた黄瀬がゆっくりと顔を上げ此方に視線を向ける。胡乱な眼差しで俺を射抜く左隣の笠松の視線を無視して黄瀬に事のあらましを語れば、部活で走り回ったお蔭で乱れた髪を櫛で整えながら今更何を聞くのかと瞳を瞬かれた。

「オレにはわかんねえっスけど。…だってセンパイ以上に可愛い人なんていないし」

お前は女子かと突っ込みそうになるそれを口内にとどめて咀嚼していれば、呆けた顔をしていたはずの黄瀬の猫目がすっと細められて俺を貫いてその奥へ向けられる。視線の先の対象となった可哀想な男が一瞬ぴく、とロッカーの扉に掛けた手が震えたのを見逃すほど俺は鈍くもない。
ね、センパイ。なんて猫なで声を上げながら小首を傾げる男をあざといとも可愛いとも残念ながら俺には思えないし、耳がじわりと赤くなっている今まで見たことのない我らが主将の様子も珍しいと思えど可愛いとは思わない。

「ばっ、こっち来んな!着替えて俺は帰るんだよ!」

「無茶言わないでくださいよ、オレも帰るだけなんスから。ドアそっちにしかないんだし」

「だったら何で扉じゃなくて俺の方向かってくんだ、馬鹿野郎…っ、おい、触んな!」

静かに鞄を手にした黄瀬が横をすれ違う際、ふっ、と浮かべた歪な笑みは気のせいなんかじゃなかった。
明日は日曜日で幸いにも部活が休み。いや、笠松にとっては不幸か。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ笠松の腰が明日には御愁傷様なんだろうと意味深に合掌し、俺も開き放しのロッカーをぱたんと閉じる。

「オツカレ、また明後日な…って違った。お前らは今からお疲れになるんだもんな」

「誰がなるか!ちょ、おいっ、待…っ!」

ひらひらと手を振って横を素通りし部室を去る寸前、閉めた扉の隙間から、ひっと惑うような上擦った声が耳に届いた気がした。
部室でさえしなければまあ俺に関係したことじゃないから構わないか、とひとつ欠伸と共に伸びをする。
と、重たい体育館から踏み出した銀色の極寒の世界にほわと色が灯る。

「もいやまさん」

掛けられた声にまだ帰ってなかったのか?と問えばもいやまさんを待ってたんですと何とも素直で可愛らしい返事が返ってくる。
そうだ、早川はただ純粋に可愛い。

そう、今までの話は所詮、女性の場合に過ぎない話だ。女の子は好きだし可愛い。言うのは罪じゃないと思うからこれからも俺は言い続ける。
けど、女性を愛してるかどうかは言ってない。選べないなら選ばなければいい。
それが俺の答えだ。
女の子という飽くまで象徴としての像が好きな俺を責めることもなければただ、馬鹿のひとつ覚えみたいに信じて側に居てくれる。そんな早川だからこそ、男でも可愛いと思えるんだろう。俺は。

だから俺は一生理解することはない。
兄貴がただひとりの女性を選んだことも、結婚したいというその理想も。
側に居られれば幸せ。女の子がどこまでも好きな馬鹿な自分を認めてくれて、そんな馬鹿なあいつが好きなんだ。それだけでいいと思える相手が居る。
きっと、俺がひとりの女の子を選べないほど好きになるよう生まれてきたのは、あいつを愛するためなんじゃないか。
それならいつまでも兄貴も世の中の常識も理解出来なくて構わない。

「俺はお前に恋する運命だったんだ、…初めからな」

きょとん、と目を丸くする早川。その瞳がくしゃりと細められて俺はそっと歩み寄り、瞼にひとつ口付けを落とす。
そうすればぱっと嬉しそうにはにかむ早川の鼻が赤くて、寒さを耐えて待っていてくれたことに胸がじわじわと暖かくなる。
ほら、こんな運命も悪くないと思わないか。




20140213
  
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