「ナマエ、いいか?」

月明かりが差し込む船室。キラーさんの自室のベッドに並んで腰掛けて、腰を引き寄せられる。頬を撫でられ、上を向かされ。仮面越しに目が合った気がした。この流れでこれから先、何をされるか分からぬほど子供ではない。
私が目を閉じれば、行為は始まる。キラーさんもそれを待っている。けれど私は目を閉じず、グッと仮面を押し除けた。

「……すまない。気分じゃなかったか」

潔く引いていく身体。私に無理をさせまいとするその優しさは大好きだけど、そうじゃない。思わず厚い胸板を殴りたくなった。
気分でいうなら、今すぐにでも抱かれてもいい。でも嫌だった。忙しかったこの数週間。やっと二人の時間ができて、本当に嬉しいのに。素顔すら見せてくれない彼に少し腹が立ってしまったのだ。そういえば、偶に行為中でも仮面を外さない時があるよなァ、なんて事も思い出してしまい余計腹が立った。久しぶりなんだから、初めから仮面を外して情熱的に求めてくれてもいいんじゃないの?と思ってしまうのは我儘だろうか。

「キラーさんが気付いてくれるまで、色々お預けですからね」

モヤモヤ考えていると少し意固地になってしまい、つい意地悪なことを言ってしまった。
キラーさんはキョトンとした様子で首を傾げる。

「おれが原因なのか?」
「そうです。分かるまで触れるのは禁止します」

人差し指同士をクロスして、バツを作る。「そうか、困ったな」と呟いたキラーさんは少し宙を見つめ、私の頭を撫でた。

「もし、無理矢理した場合はどうなる」

考えていなかった。というか、キラーさんの口から無理矢理なんて言葉が出てくること自体ビックリ。普通はここで、嫌いになりますとか言うものなのだろうけど。でもキラーさんを嫌いになるのは天地がひっくり返っても無理そうだ。一生触らせてあげませんというのも、私が耐えられない。

「えーと、……あ!お頭と結託してキラーさんをくすぐりの刑に処します!」
「フ、ファッファ……ッ!それは困るな。ちゃんと考えるから、待っててくれ」
「え、ちゃんとって……まさか」
「ああ、答えが出るまでナマエに手は出さない」

そのまさかだった。そんなに長考されるとは予想外。キラーさんにとっては、そんなに難しい問題だったのだろうか。ただ仮面を取ってくれたら、それでよかったのに。
その夜はキラーさんが我慢できなくなるからと、其々自室に戻って就寝することになった。バカな事を言い出してしまったかな、素直に抱かれとけばよかったのかも、と後悔しても後の祭り。私の方がお預けをくらった気分になりながら、悶々と夜を過ごした。

「お頭ァ!島が見えました!」
「そうか。おい、野郎ども!上陸の準備だ!!」

バタつく船内。甲板に顔を出すと、船の進行方向に大きな島が見えた。海上からでも分かる賑わい。島の周りには停泊している船が多数。栄えた島だ、食料の買い込みだけでなく、換金もリフレッシュも出来るだろう。さて、降りるまでに備品の在庫を最終確認しなくては。

「ナマエ。買い出しはどうする。一緒に行くか?」

倉庫内の確認をしていると、扉が開いてそこからキラーさんが顔を出す。いつもなら即答で頷くところだが、今回は首を横に振った。

「いえ、少しやりたい事があるので」
「そうか、分かった」

キラーさんはそれだけ言って、甲板の方へ歩いて行ってしまう。足音が聞こえなくなったのを合図に、私は静かに溜息を吐きながらその場にずるずる座り込んだ。
やりたい事なんて特にない。ただ、私が勝手に彼を避けているだけ。キラーさんの隣にいると、無意識に身体が彼の身体に引っ付いてしまうのだから参った。自分で触れ合い禁止令を出しておきながら、私が先に根負けするなんて格好がつかないじゃないか。ああ、でも行きたかったなァ。キラーさん、いつ答えに辿り着いてくれるの。
もやもやとしている時ほど仕事は捗るもので。出港直前に買い込む物リストまで作り上げてしまった。数日かけて少しずつ進める仕事も終わってしまい、これで暫くは手持ち無沙汰。次の島へのログは七日程で溜まるらしい。

その夜はクルーこぞって飲みに行くらしかった。普通の店から、女性がお酌をしてくれる店まで幅広く飲みに行くのだと、みんなご機嫌だった。キラーさんもお頭に付き合うらしい。楽しんでね、と送り出して一人になった船内。甲板には数人、船の見張りがいる。数時間ごとに誰かが戻ってきて交代するらしい。私は日中働き詰めだった事もあり、夜はゆっくりしろとお頭に言いつけられていた。
いけない事だと分かりつつも、私はこっそりキラーさんの部屋に忍び込む。どうせあっちは綺麗なお姉さん達に囲まれて楽しく過ごしているんだし、これくらいは許してほしい。遠慮がちに、ベッドの中に潜り込む。日中、干したばかりのシーツからは微かにキラーさんの香りも混じっている。なんだか落ち着く。頭までシーツを被って、瞼を閉じた。

「そこはおれのベッドだが」
「ッ!」

ふいに、扉の方から声が聞こえてきて飛び起きた。寂しさから幻聴が聞こえてしまったのかと思ったが、妙にリアルで。声のした方に視線を向けると、何故かキラーさんが扉を開けて廊下に立っている。どうしてそこに、飲みに出たんじゃ。
キラーさんは静かに部屋に入ってきて、後ろ手に鍵を閉めた。そしてこちらに近寄ってきて、シーツごと私を抱き締める。久々の体温や、包まれるような感覚に心臓が跳ねた。

「おれじゃなくベッドの方がいいのか。妬けるな」
「キ、キラーさん。飲みに行ってたんじゃ」
「少し飲んで抜けてきた」

言って、キラーさんは私を抱きしめたまま仮面を外して、枕元に放り投げた。ボスリと落ちた仮面を視線で追っていると、頬を少し乱暴に掴まれて上を向かされる。食物を食べるかのように開かれた大きな口が、私の唇に覆い被さる。舌で口内を荒らされて、口周りは唾液でベトベトで。鼻腔からアルコールの香りが抜けた。長い前髪の隙間から見える瞳はギラギラと光っている。キラーさんにしては荒いキスに、お腹の奥が疼いた。

「いいのか?」
「え」
「これが正解で」

ボゥっとする頭では何を言われているのか一瞬理解出来なかったが、きっと二日前に私が行為を拒否した原因を言っているのだろう。お互い熱に浮かされた瞳で見つめ合いながら、私はキラーさんの首に腕を回して唇に触れるだけのキスを贈る。

「ん、正解です。寂しくさせた分、沢山甘やかしてくれますか?」
「ああ勿論だ。嫌ってくらい愛させてくれ」
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -