朝目を覚ますと、目尻が引っ張られるような感覚に襲われた。指で目尻を触るとそこはまだ湿っている。泣いていたのだろうかと、ナマエは首を傾げた。

知る人ぞ知る名店、ではないが。知る人ぞ知る暗殺者として暗殺業を営むナマエはいつもの習慣でパソコンを開く。依頼の確認をする為だ。パソコンを立ち上げている間にコーヒーを淹れて席につく。
いつも見ているメールアドレスの羅列。いつものコーヒー。いつもの朝。
どれもこれもいつも通りで変わりない。しかしナマエは再び首を傾げる。何かが足りないと思うのだ。

「……なんだっけ。」

パソコンの画面をじっと凝視する。メールアドレスの並ぶ一番上。何かが足りない。
依頼の内容も見ず、考えに耽っていると携帯が鳴った。ちらりと画面を見れば、仕事仲間の名が表示されている。なんだこの朝早くから、とナマエは締まりのない顔をキュッと顰めて通話ボタンを押した。

「はい。」
《俺だ。》
「要件は。」

舌打ちを鳴らしかねない不機嫌さに対し、通話相手は楽しそうに笑い声を漏らしている。ちょうど凝視していたメールアドレスの一番上に表示されているクロロという名前。それが通話相手の名前だった。

《そっちにイルミは行っているか。オレが電話しても一向に繋がらないんだが。》
「……イル、ミ。」
《ああ。またそっちで寝ているかと思ってな。》

ナマエの苛立ちは最高潮に達した。ここに住み始めてかなり経つが、同姓であれ異性であれ誰も家に泊めたことはない。付き合いの長いクロロならば知っているはずなのに何故そんなことを言うのか。これはもう友人も彼氏もいないんだねと、からかわれているだけなのでは。

「誰、それ。」
《イルミはイルミしかいないだろう。》
「ふざけてるの?そんな人知らない。要件はそれだけ?なら切るよ。依頼はできるだけメールで送って。それじゃ。」

相手の返事も待たずにぶつりと通話を切る。何だったんだ、とナマエはついに舌打ちした。
別に常にこうきつく当たるわけではないのだが今回は異様に何かが腹立たしかったのだ。クロロにはまた今度、詫びを入れればいいかとぼんやりと思いながら寝室のベッドにダイブする。

「イルミ」

いったい誰だったかと思い出そうとしてみるも、そんな名前には覚えがない。ナマエは瞼を閉じ、ついには思考さえも手放した。


──────


オレの恋人であったナマエは正体不明の病にかかった。念ではなく病気。未だ世に公表もされておらず、名前すらない病。

その病と戦い続けて何年経っただろう。何回、出会いを繰り返しただろう。何度、愛を呟いただろう。それに疲れたのかナマエはついに別れを切り出した。オレの手から離れていくならもういらない。寝ている間に楽に殺してやろうかと思ったが、できなかった。

「やっぱり他人に愛情なんか抱くもんじゃないね。」

他人は他人で家族じゃない。簡単に見張りもできない。意思の疎通なんてもっと難しい。
手放せば簡単に離れてもう手に入らない。オレは針を自分の頭に当てた。

「バイバイ」

泣きながら告げられた最後の言葉が頭から離れない。もうこれは要らない、邪魔な記憶だ。
さよなら、ナマエ。愛してたよ。


それは愛を告げると一番大切な人を忘れてしまう病
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