加州清光。川の下の子だと、顕現当初彼は言った。そのせいか誰よりもお洒落に気を使い、綺麗な格好をしていなければ己に価値はないと思い込んでいる節があった。
「可愛くしているから、大事にしてね」「こんなにボロボロじゃあ、愛されっこないよな」可愛くなくたってよかった。見た目なんてどうでもよかった。だって彼は、審神者を始めたばかりで心細い私の、唯一の刀だったから。寧ろ私が捨てられないかとヒヤヒヤしたものだ。そもそも清光がボロボロになっているのだって、私の指揮が悪かったせいで彼のせいじゃない。ごめんね、ごめんなさい、何度も謝りながら手入れをした回数はもはや覚えていない。その度に清光は気まずそうにこうべを垂れて、唇を噛み締めていた。好きだよって言えば、顔を上げてくれたのかな。ちゃんと愛してるよって伝えれば、笑ってくれたのかな。でも私は口下手で恥ずかしがりだったから、清光が一番欲しい言葉はあげられなくって。後悔ばかりの日々が過ぎていった。
そんな私の周りにも、一年経てば様々な刀が顕現されていた。審神者としてまだまだ未熟者だけど、臆病な性格が幸いしてか一振りも欠けることなく、激しい戦の中に身を置きながら、信じられないほど穏やかに、緩やかに、時は過ぎた。
近侍はずっと清光だった。いや、誰かに強請られれば交代はしたが、余程のことがない限り清光は私の側にいた。

「ねー、主。俺がずっと近侍だけどさ、他の刀じゃなくていいの?」
「私は、清光がいい。でも清光が、他の刀の方が近侍に向いていると言うなら、そうしよう」

自分でも可愛げがない言葉選びに内心落ち込みながら「いや、別に、そういう意味じゃ」と言葉を濁す清光にまた申し訳なさを抱いた。
下手な表現ではあるが、近侍として側に置くこと。それが私なりの、愛情表現でもあり、信頼表現でもあった。陰で不公平だと言われていたかもしれないが、これだけは譲れなかった。そんなの、ただの自己満足だ。分かってる。審神者としての成長はできても、人としての成長は全く出来ていないのだと酷く落胆した。

そんな私達にも変化が訪れる。池田屋を攻略した後、次は江戸新橋へ進軍の命令が政府から言い渡された直後だった。
清光が、夜更けに訪ねてきた。こんなことは、審神者を始めて以来、初めてのことだった。襖越しに「あー……ちょっとさ、頼みがあるんだけど」と言う清光の声は今までになく真剣で、中に入るよう促すと戦闘服をかっちり着込んだ清光が立っていた。驚いた。彼だけかと思いきや、清光の背後には鯰尾も立っていたのだ。「じゃあ、俺はここで」いつになく真面目な口調で鯰尾はそう言って、清光を中に入れると襖を閉めた。薄暗い、小さな行燈だけが灯る部屋。衣擦れの音と共に、清光がひと一人分空けた距離に正座する。

「夜更けにごめん、主」
「……気にしないで。頼みって、何?」
「……うん」

清光はひと呼吸置いて、真っ直ぐ私を見た。私の脳裏には何故か、清光が顕現してから今までの日々がフラッシュバックしていた。愛されたがりで、でもどこか一線引いて私達を見ている。いつか見捨てられることを誰よりも恐れている。そんな弱々しい刀だったはずだ。
でも、今、私の目の前にいるのは、本当に加州清光なのか。

「修行に、行かせてほしい」
「修行?別に、今のままでも十分」
「今の俺じゃダメなんだ。俺はまだ、強くない。ここに、わだかまりがあるんだ。どうしても、昔を思い出す」

清光は胸に手を当てて、どこか遠い目をしていた。昔、とは清光がまだ沖田総司の手にあった頃のことだろうか。加州清光は池田屋での激戦で折れた、史実ではそう記されている。彼の胸にあるわだかまりを、私は理解できない。何も言えない。そんな私の思考を遮るように清光は「だから」と声をあげた。

「どうか、修行の許可を、主。
俺は、ちゃんとあんたを守れる刀になりたい」

私を見据える、紅い瞳。私と視線が交錯しても、揺らぐことはない。
そうか、あの弱々しかった刀も、この一年で成長していたのか。それがどうしてか寂しくもあり、嬉しくもあり。一人成長できていない私自身が不甲斐なくもあり。私はフッと瞼を閉じ、小さく頷いた。

「修行を許可しましょう、加州清光」
「ありがとう、主。近侍は鯰尾に頼んどいた。主はなんていうか、ネガティブだから心配でさ」
「情けない主で本当に申し訳ない。……ねえ、清光。私、ちゃんとあなたのこと」
「ストップ……それ以上聞いたら、決心が鈍りそうだから、俺もう行くね。手紙、ちゃんと書くから」

清光は立ち上がって、襖に手をかけた。もう行ってしまうのか。清光の背中に向かって無意識に伸ばした手をギュッと握りしめ、俯いた。こんな場面ですら、気持ちを伝えられないなんて、なんて情けない。

「主。さっき言おうとしてくれた言葉、帰ってきたら期待してるね」
「え」
「じゃ、加州清光、行ってきまーす」

顔を上げても既に清光の姿はなく。ひょっこり襖から顔を出した鯰尾は眉を下げて笑った。

「まあでも、いいんじゃない?旅くらいはさ。だからほら、笑って見送りましょうよ」

鯰尾に言われて、私はやっと自分が泣いていることに気が付いた。



清光が修行に旅立ってからは、一日が今まで以上に長く感じた。ずっと側に置いていた刀がなくなって、凄く落ち着かない。本丸中を回っても当然清光の姿はなく、落ち込んだりもした。けれどなるべく、他の刀達の前では普段通りに振る舞い、いつも通り進軍し。まあ、察しの良いみんなのことだから、私の元気がないことなんてお見通しだったと思うけど。手紙が届く度に一喜一憂して。他の刀達とも今はこんな状況らしいと語り合って。
何週間経っただろう。清光から三通目の手紙が届いた。私は飛び上がった。もう直ぐ帰るとの知らせに、そわそわして。食事中、青江に「ウズウズしているね、君のことだよ」と分かりやすく揶揄われたりもした。
清光がいない間に季節は巡り、春が来た。本丸の門横にある桜が舞い散っていた。私は清光がいなくなってから日課となった門周りの掃除を終え、屋敷に戻ろうと箒と塵取りを両手に持った。直後、背後からギィィと門の開く音がする。

「あーるじ」
「……清光?」

耳馴染みの良い声が、鼓膜をびりびり刺激した。思わず両手から掃除道具が落ちて、せっかく集めた花びらや葉っぱが塵取りから散らばる。

「あー。その、ずっと好かれるために、旅、してっ!?」

反射的に、どっとタックルのような体当たりをくらわせたが、細身の体はビクともしない。上からはくすくす楽しげな笑い声が降ってきて、私は懐かしさで涙が出そうだった。いや、もう泣いていた。涙で視界が歪む。

「ちょっと、もー。最後まで言わせてよ」
「おかえり……おかえり!清光」
「ん、ただいま」

流れる涙を止められず、清光の胸に縋って俯いていると、清光の片手が私の腰にまわり、もう片方の手が頬に添えられ、そのまま上を向かされた。以前の清光とはまるで違う、自信に満ちた笑みが眩しい。

「へへっ、綺麗になったでしょ?俺」
「清光は……ずっと、綺麗だよ。顕現した時からずっと。可愛いし綺麗だけど、そうじゃなくたって私は、どんな清光でも好きだし、愛してる」
「……あー、やっべ」

清光は私の頬に添えていた手を後頭部に回し、力強く私を抱きしめた。私も逆らうことなく、大人しく腕の中に収まる。おかえり、おかえり、好きだよ、愛してるよ、と何度も心の中で唱えながら。

「修行前に聞かなくてほんっと良かった。
俺も愛してるよ、主」
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