風魔のくせに風魔じゃない、普通の男の子がいました。その子は里外れの洞穴の中で生活していました。私はその男の子と、洞穴の近辺にある川で出会いました。目が合った瞬間、真っ先に苦無の切っ先を向けられたので対応に困ったのを覚えています。

「っ!」
「えーと」

彼を見て最初に思い浮かんだのが威嚇する猫。次に思い浮かんだのが、人望のある同年代の男の子です。そういえば、この子とあの男の子の顔はよく似ています。瓜二つです。すぐに瓜二つの男の子を思い出せなかったのは、あまり里にいる子とは関わりがないからでしょう。

「えーと」

多分、彼は忌子だったのです。呪われた双子。恐らくですが、私は里にいる方が兄で、目の前の彼が弟だと推測します。
本来なら長や大人たちに忌子がいることを知らせに行くべきだったのでしょうが、苦無を持つ彼の手が震えているのを見て、大人に報告に行くのはやめました。だって、報告したらこの子は死んでしまうのですから。

「ああ、思い出しました。壱助くんじゃないですか。こうして話すのは初めてですね」
「え、あ、ああ」

呆気にとられたような声。苦無はそのままに、顔はポカンと呆けていました。
壱助くんとは少しだけ話したことがありますが、業務連絡のようなものです。目の前の彼の為にも初対面ということにしておきましょう。

「私はナマエといいます。存じているかとは思いますが、里随一の落ちこぼれです」
「落ちこぼれ?」
「ほら、なんだか私ってポヤーとしてるでしょう?人をすぐ信用しちゃって、痛いのも嫌いで……忍に向かないってよく言われるんです。だからあなたの事は同じ歳なのに凄いなぁって尊敬してます」

えへへぇ、といつものように笑います。そうなのです。いつもポヤポヤしている私に忍としての仕事は回ってきません。毎日、雑用をしています。里外れの川沿いを歩いていたのも、山菜や薬になる野草を探していたからなのです。こんな私を相手にしてくれる風魔は、両親とただ一人の友人以外にいませんでした。実を言うと、この時の私はとても緊張していたのです。こんな風に仕事なんて関係なく同年代の男の子と話すのは初めてだったから。

「尊敬……父や母でもない、他人の俺を?」
「はい!あなたは凄いです。あ、ごめんなさい、駄目ですよね。こんなに話しちゃ」
「落ちこぼれでも風魔だろ。そんなに萎縮しなくていい」
「……優しいんですね」
「本当のことを言ったまでだ。風魔である限り、俺たちは家族。落ちこぼれであるからといって爪弾きにはしない……じゃないと俺は」

ああ、この人は、今の里の現状を知らないんでしょうね。だからそんな甘くて優しいことが言える。長は「優秀な風魔しかいらない」と言うのに……。
幸せなことを言えていいな、と思いました。けれど不思議と腹は立ちませんでした。その甘っちょろい言葉を向けられる先は、私ではないと感じたからです。きっと、彼自身に向けられた言葉だったのでしょう。

それから私たちは決して多くはない回数ですが、会って話をしました。待ち合わせをするわけではないのですが、何故か彼を見つけてしまうのです。とても見つけにくいところにいるのに。
その度に、彼は目を丸くして驚いていました。もしかして私にはかくれんぼの鬼役の才能があるのかもしれません。
確か、彼と最後に話したのは木の上だったでしょうか。

「毎回毎回、よくこんな辺鄙な場所まで来るな」
「いやぁ、何故か自然と足が向くんですよね」
「なぁ、ナマエ」
「はい?」
「お前、儀式はまだなのか?」
「えーと、もうすぐだと思いますよ。この前は、私の友人が殺されたんです」

友人は、とても綺麗な女の子でした。
里で両親以外に唯一、私を気にかけてくれる優しい子でした。母親を殺して立派な風魔になった矢先、妹に殺されました。

「友人は、母親を殺した感触が忘れられないと言っていました。妹にはこんな思いをさせたくない、と。けれど彼女は死にました。業を背負わせてでも、妹に生きてほしかったんでしょうね」
「そいつは完璧な風魔になりきれなかっただけだ。甘かったんだよ。お前が気にやむ必要はない」
「……あなたは殺せますか?父を、母を」
「……」
「私はどのみち殺されます。でも、もし誰かを殺せる力があったとしても、大切な人を殺してまで風魔になりたくはありません」

きっと、他の風魔もそう思っているはずです。同族殺しなんて馬鹿げている、と。
その証拠として、長に意見する風魔が増えています。前回の会合で話し合ったことも、殆どが同族殺しについてだったそうです。結局、長に一喝されて話し合いは終わったらしいのですが。

「お前も、そんなこと言うのか」

彼の拳が力強く握られます。ああ、そういえば、彼は里の現状を知らないのでした。
同族殺しをした仲間を側で見ていないから、その儀式がどれほど残酷なのかは知らないのです。だから彼はきっと、風魔になりたくてなりたくて仕方ないのです。けれどそれは叶いません。だって彼は、人に生きていることを知られてはいけない存在なのですから。風魔になんか、なれるはずがないのです。

「お前は!っ、お前は、落ちこぼれでも風魔になる為に必死で頑張ってる奴だと思ってたのに」

彼とは違い儀式を受けれるのに、風魔になりたくないと言った私は彼の目にどう映ったのでしょう。もしかすると、彼の中の家族という枠から外されてしまったかもしれません。
振り上げられた拳を見て、目を瞑りました。痛いのは慣れています、殴られるくらいどうってことありません。けど、何故でしょう……彼に殴られると思うと、胸がチクリと痛みました。

「もう二度と、俺の前に現れるな!」

ゴッと鈍い音が響きます。目を開けると、もう横に彼の姿はありません。身体のどこも、痛くはありません。彼の座っていたすぐ横にあった幹には、真新しい血が少しだけ付着していました。彼は私を殴らず、すぐ側にあった幹に怒りをぶつけたようです。
更に胸が痛みました。こんなことなら「馬鹿野郎!」くらいの勢いで殴り飛ばされた方がマシだったかもしれません。

そのまま言われたとおり、彼には会いませんでした。思えばあの後すぐ、追いかけていればよかったなぁと思います。私たちはいつ死んでもおかしくない身なのですから。

「あの後、彼と何も話せなかったこと。それが私の人生最大の後悔です」
「物語風に話してくれて分かりやすかったけど……あなた、何で死んだんだっけ?」

死んだはずの友人が意地悪げに笑いながら痛いところをつきます。
そうです、私は死にました。死後の世界なんてないと思っていたので、彼女が目の前に現れたときは自分の目を疑ったものです。私は霊体となって、友人と共に動くことにしました。主に彼女の妹を見守っています。
初めは死んだような目を(現に死んでるんですけど)していた友人も、妹が暖かい人たちに出会い明るくなっていくにつれ表情が和らいでいきました。今では明るい表情で無駄話ができるほどです。

私が何故死んだのかなんて、思い出したくもないことですが、彼女は案外しつこいのです。今答えなければ、今後綺麗な顔で意地悪く笑いながら質問され続けることは目に見えています。ですので、さっさと答えて話題を変えることに努めることにします。

「……山で、薬草を摘んでて、休憩中に」
「うん」
「足を滑らせて」
「ええ」
「岩で、頭を打って」
「それで?」
「いつのまにかぽっくり」

決して、劇的な死ではありませんでした。儀式さえ受けていません。あの男の子を守る為に死ねたなら、とても格好良い死に方だったのでしょうが……なんとも馬鹿げた理由で、私はこの世を去ったのです。その死に様を誰にも見られなかったことだけが不幸中の幸いです。
彼女が横で笑い声をあげる中、私は縮こまって顔を覆いました。

「何もそこまで笑わなくても」
「ご、ごめんなさい。あなたらしい死に方ね……ふふっ!」
「ごめんなさいなんて思ってないでしょう。あ、笑いましたよ、あなたの妹」

太陽の光差す、近江の空の下で。

「もう、錦よ。何度言ったら分かるの」
「私、直接名乗っていただいてない方の名前は知ってても呼ばない主義です」
「変なところでこだわっちゃって……じゃあ私、そろそろいくわ」

いく?もしかして、あの世とやらにでしょうか。

「妹は?」
「もうあの子は大丈夫よ。ようやく自分の居場所を見つけられたみたいだから」
「じゃあ私も一緒に」
「あら、あなたはまだ駄目よ。残ってるんでしょ?人生最大の後悔」

友人はいい笑顔を浮かべて消えてしまいました。いや、置いてかないでくださいよ。

「人生最大の……まさか」
「久しぶりだな」

ずっと密かに見守っていた、男の子の声が背後から聞こえます。反射的に後ろを向くと、顔の半分だけ狐面をつけた男の子……いえ、男性がいました。口をパクパクと動かすことしかできない私に対して、彼はいっそ怖いくらい清々しく笑うと、私のおでこを人差し指で突きました。

「まったくお前は」

トン

「ウッ」
「ドジで」

ピシ

「痛ッ」
「マヌケで」

ピシッ

「いっ」
「馬鹿で」

ピシッ!

「やめ」
「甘くて」

ビシッ

「ごめっ」
「儀式を受ける前に死ぬ奴があるか」

ビシィッ!

「イッ〜〜ッ!」

頭が、頭が割れる。突いてくる度に威力が増してます。まさか指にこれほどの威力があるなんて。しかも的確に同じ場所を突いてくるので痛みが加算されていってます。涙が出そうです。
まさか死んだ後も痛い思いをするなんて。おでこをおさえて蹲ると、彼は急に黙り込みました。おでこをおさえつつ、上を見ると先程の笑顔は何処へやら。彼は顔を歪めています。木の上で怒らせてしまったときの表情そっくりです。
ああ、そうでした。私は彼に言わなければならないことがあったのです。

「あの」
「すまなかった」
「……?」
「儀式の辛さを、分かってやれなかった。母を目の前で失い、人を初めて殺して、やっと儀式の恐ろしさが分かった」
「……」
「その恐ろしさを分かってやれず、お前に酷いことを言った。後悔したよ。謝ろうと思っても、既にお前は死んでたから。本当に、すまなかった」

なんというか……まさか彼に謝られるとは思ってもみませんでした。圧倒的に悪いのは私だと思っていたからです。彼の気持ちを考えず、無遠慮に言葉を発した私が悪いのです。もしかして彼も、私と同じようにずっと後悔を引きずってきたのでしょうか。
だとすればやはり自身を呪います。彼にまで要らぬ後悔を背負わせて、間抜けに死んでしまった我が身を呪います。

「私こそ、ごめんなさい。あなたの気持ちを考えないで発言をしてしまいました。ごめんなさい」
「いや、俺は言われたことに関してはもう気にしていない」
「私も、言われたことに関しては気にしてません」

きょとんとした彼と顔を見合わすと、自然と顔が緩みました。きっと今、私はとてつもなく間抜けな顔をしています。
あれ、じゃあもう仲直りでいいんでしょうか。ずっと、言いたかったことを言ってもいいんでしょうか。聞きたかったことを、聞いてもいいんでしょうか。

「あの、お聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「あなたの名前を教えてください。それと……友人に、なってはいただけないでしょうか」

まん丸な目が私を見つめます。少しの困惑が伺えました。
やはり、私なんかが名前を聞き、あまつさえ友達になってくれだなんて……おこがましかったでしょうか。忘れていましたが、彼は長になった人間です。本来なら、頭を下げて話すべき相手なのです。なのに私ったら、馴れ馴れしく。

「ご、ごめんなさ」
「壱雨」
「は?」
「壱雨だ。それと俺はもう」

彼は深い溜息をつき、瞳に優しさを湛えながら予想外の言葉を発したのでした。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -