キミを連れてきた甲斐がある

公園というから更地に遊具が少しあって、傍にベンチが置いてある程度の場所だと思っていた。そのベンチ自体雪に埋もれてまともに座れる状態ではなく、寒い思いをしながらながら途中で買ってもらったパンを食べるんだろう。
こんな寒い中、私より薄着のくせに外で食べようとするなんてやっぱりバカじゃないの?ああ、バカじゃないの?じゃない。バカなんだ、根っからの。なにせ私の為に財布を丸ごとドブに捨てる奴なんだから。

気乗りしないまま手を引かれて見慣れない道を歩く。公園の雪が酷かったら全力で抗議しようと決めていた。これで風邪でも引かれたら迷惑極まりない。

「……公園?」

内心帰る気満々でいた。だから目的地に着いた時、目の前に広がる景色の広大さに驚き固まる。

雪がない。いや、ないというより綺麗に除雪されている。赤と白のコントラスト。一本道を作るように敷かれた赤レンガが脇道の雪の効果で浮かび上がるようによく映える。レンガの敷かれていない場所には植物が沢山植えられていて、一本道の先には半透明の建物が鎮座していた。
これ絶対に公園じゃない、公園と呼ぶにはあまりにも大人向けすぎるというか……子供が遊べるようなものがないもの。それとも世間ではこれが普通の公園なの?

思わず口を開けたまま固まってしまう。いけないいけない、急いで口を閉じてもヒソカにはバッチリ見られていたらしい。思惑通りといった様子でニヤニヤしながら私を見下ろしてくる、人の神経を逆撫でするような笑み。殴りたいその笑顔。
連れて行く公園がこんな凄い場所だって教えなかったの、絶対ワザとだ。

「驚いただろ?ここは植物公園、遊具より植物がメインの公園なんだ」
「植物」

あまり関わりがない。
1年中働き詰めで遊びに行くことなんてほぼないし、家の周りには植木しかない。これまで見てきた景色を思い浮かべても真っ先に浮かぶのはレンガと枯れ木と街灯と雪だけで、鮮やかな色は少しも思い出せなかった。
そういえば花の存在は知ってるけど見たことないな……あれでしょ?花びらが5枚で真ん中が黄色いの。知ってる、あの人がいた頃「花っていうのはね、こんな形をしているの」って、雪に落書きしながら教えてもらったから。

「でも、今は冬だから」

ほんの僅かな時期だけ暖かくなることはあるけど1年のほとんどが雪で覆われるこの町に草花が芽生えることはない、残念なことに。

「だからこそキミを連れてきた甲斐がある」

雪景色の広がる中、赤レンガの一本道を進む。半透明な建物の前で立ち止まると、ヒソカは「お先にどうぞ、レディ」とキザったらしく腰を折った。まさか扉を開けたら驚く仕掛けが、とかないよね?開けて大丈夫なんだよね?
ジッと扉を見据えると、半透明の中に薄く見える緑色。いや、そんなまさか、こんな時期に植物なんて。あるはずがない、しかし期待を抑えきれず一呼吸置いて警戒しながらドアノブを回した。

「うっ……わ」

葉っぱの付いた木が沢山、小さな池まである。それに桁違いに暖かい。軽く背中を押され、促されるまま中に入る。

すごい、本で見た楽園みたい。
胸が痛いくらいに高鳴って、これ以上ないほど高揚しているのに言葉が喉につっかえて出てこない。上下左右、360度クルクルと身体ごと回転させて周囲を観察する。
薄茶色のレンガが道を作り、どこまで見渡しても緑が溢れかえる。真ん中には噴水付きの池があって、池の上には白い上品なドーム型の東屋が強調しすぎず丁度いい具合に建てられていた。中には丸テーブルが1つ、椅子が2つ、どちらもツタが絡まったようなデザインで綺麗。所々に散らばる赤黄紫白ピンク、あれはもしかして花だろうか。

「気に入った?」
「とっても!」

そりゃあもう大満足としか言いようがない。未知の発見、美しい非日常。こんなに素敵なものがこの町にあったなんて!全く知らなかった。面白みのない町だと思っていただけに驚きが大きい。
でも不思議、私とヒソカ以外に人がいない。「ここ、入ってもよかったの?」そう尋ねれば、ヒソカはレンガ道を歩きながら「勿論、公園だからね」と答える。多分、この先にある東屋に向かっているんだろう。後を追いながら、しかし視線は常に傍の木に向けた。目に焼き付けておかないと勿体ない気がして。

「ここは昔、どこかの大富豪が人の為に作った温室だったらしい。寒い土地の人に植物を見せたいっていう願いの元、莫大なお金を使って植物庭園がつくられた」

へぇ、その割には全然こんな場所の存在知らなかった。私利私欲よりはマシだけど、所詮金持ちの道楽か。

「ある所にはあるんだね、お金」
「羨ましいかい?」
「別に、人並みにあればいいなとは思うよ。苦労せず遊んでいけるだけのお金は要らない、根が腐る」

お金がなくてもクソな奴はいるけど、なんの苦労もできないくらい沢山お金を持っていたらその分性根が腐っていく気がする。全員が全員そうじゃなくても金持ちでうちのクソ親父以上に腐った連中はきっと沢山いるはずだ。
私は食費と生活費と程々に遊べるお金が手に入れば充分。あ、あとロクデナシを黙らせるくらいの……大金だろうとある分だけ使いそうだな、一生貯金できない。

「キミらしい」
「そうかな……でもその人はまだ性根腐ってなかったんだね。人の為にこんな凄い場所つくるなんて」
「ほんとに?キミはこの場所の存在を知らなかったのに」
「……?」
「その大富豪はここ以外にも沢山の植物庭園を持っている、植物と庭園のマニアだった。世界各地に大富豪名義の色んな種類の庭園が散らばっている」

ヒソカの言いたいことが分からずただ首を傾げる。
小さな橋を渡り東屋に辿り着くと、ヒソカは椅子を引いた。どうぞ、と座るよう促されたので一言お礼を言ってから椅子に腰を下ろす。向かいの椅子に腰掛けたヒソカは変わらず笑みを浮かべながらパンの袋に入れてあったペットボトルを取り蓋を開けた。

喉、乾いたな。お腹も減った。今まで忘れていたのにヒソカの手にある水を見て急激に食欲が湧き上がってくる。知識欲より食欲が勝ってしまった。
この話が終わったら許可取って食べ出そうか。朝から何も食べてないせいで空腹が半端じゃない。

「因みに、庭園を作るのは業者ではなく使用人だったそうだよ。大富豪が惚れ込んだ腕を持つ庭師が、世界中の庭園を作り上げた。彼女は嫌気がさしていたみたいだけど、誰か大勢の人の為って言葉には弱かったらしい」
「……つまり、この庭園は結局大富豪の為のものだった。この町の人の為っていうのは建前で」

結局、腐ってたワケだ。その大富豪も。

「そう、ぜーんぶ自分の為。全て庭師を働かせる為の嘘。その証拠に、キミは庭園の存在さえ知らなかっただろう?現地民の住む町ではなく観光客寄りの町、そのはずれにつくられたから。植物を見慣れてる観光客が雪国に来てまでわざわざ温室を見にくる意味もない。まァ、マニアは別として」

「だから人なんて限られた数しか来ないし、上手く雇い主の口車に乗せられた庭師の苦労は水の泡と化したのでした」締めくくられた話の返答に困る。この庭の起源は分かったけど、ここに来てまでそんな重い話を出してくる意味とは。
いくらここの景色が良いと言っても補えきれない空気があることを理解してほしい、萎えた、一気に。

「嘘で縛られ苦労しても報われなかった庭師、誰かに似てると思わないかい?」

急に問われた言葉に思わず顔をしかめるが、何となく、何が言いたいのか察する。私の知る人間なんてあのロクデナシかヒソカくらいしか知らない。でもこの2人は『縛られる』とは程遠い存在だから論外。
ただし1人、もう1人だけ当てはまる人がいる。嘘に縛られ苦労もしている、あの人の嘘に縛られてここから動けずにいる。他の誰でもない私自身。意味は分かる、でもその意味を理解すると同時に呑み込まれてしまいそうな恐怖と困惑に襲われた。

何故コイツが、知ってるの?私は何も言わなかった、クソ親父が教えるとも考え難い。ヒソカとアイツはさっきが初対面のはずだ。
誰もヒソカに教えなかった、でもコイツは知ってる。うちの内部事情をよく把握して……でもあの人のことは別だ。うちの事情なら調べれば出てくるけどあの人のことはいくら探っても出てこない。だって、私でさえよく知らないんだから。クソ親父でさえ知らないと、騙されたんだと、そればかりほざく。そんな人物のことを知った風に、私へ最後に言い残していった言葉を側で聞いていたように述べるなんて。

「……あの人のこと、知ってるの?」
「あの人?」
「親……私の、生みの親、母親」

夫も子供も残して蒸発した、顔も覚えてない母親のことをヒソカは知っているの?
手足がジワジワと冷たくなり、頭の奥がガンガン痛む。返答を待つ時間、時が止まったような錯覚に陥った。一瞬にも感じるが永遠にも感じる果てしない時の中、無表情から一変して玩具を与えられた子供のように口角を上げたヒソカの笑みに気持ち悪さを覚える。やっぱりコイツは底知れない。
ああ嫌だ、喉がカラカラに乾く。

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