寂しくなんてないよ 【幸村×ブン太】
「今年の誕生日は日曜日だね」
まだ3月のままだったカレンダーを捲ると、幸村くんがそう言った。言うまでもなく、幸村くん自身の誕生日のことではなくて俺の誕生日のこと。幸村くんはつい1ヶ月前にこの真っ白の病室で14歳になったばかりだ。
「ほんとだ」
「いやじゃないの?」
「なんで?」
「だって授業がなかったら、当日祝ってくれる人少なくなっちゃうでしょ?」
幸村くんが至極真面目な顔でそんなことを言うものだから、一瞬面食らってしまった。え、何言ってんの?って。その意味を理解するにつれてじわじわと可笑しさがこみ上げてくる。
「幸村くん、子供みたいなこと言うね」
笑いを隠しきれないままそう言うと、幸村くんは目尻を上げて頬を膨らませた。違うんだ、馬鹿にしてるわけじゃなくて。
赤色で書かれた20に目をやる。去年は土曜日だったから今年の誕生日が日曜日なのは当然だ。閏年じゃない限り一年ごとに一つ曜日がずれるんだって、中学受験のときの問題にあったから覚えてる。
去年の誕生日はどんなだったっけ。
自分で言うのもなんだけど俺って結構友達多いし人気者だから、毎年朝から沢山の人に誕生日を祝ってもらえる。おめでとうって言ってもらったり、誕生日プレゼントをもらったりね。普段からよくお菓子とかもらうんだけど、誕生日とかそういうイベントの時には量も質も比べ物にならないくらい良いものをもらえるから嬉しい。
立海は私立の学校だから、土曜日も授業がある。去年の4月20日も、俺の誕生日だから特別にお休み!なんてことには勿論ならなかった。午前中はそれなりにチヤホヤされたけど、午後の部活が始まってしまうと当然ながらそんなことは関係なくなる。
その日は確かどこかの学校と練習試合だったはず。あんまり調子が良くなくて、いつもなら有り得ないようなミスを連発してしまった。試合には一応勝ったけど、辛勝って感じで先輩にすごく怒られた。それだけでも相当凹んでたんだけど、不甲斐ない結果を残した罰として練習後のコート整備を任された。ジャッカルに手伝ってもらおうって思ったのに、確か店の手伝いしないとダメなんだって帰っちゃったんだっけ。土曜日が一番売上が伸びる日なんだって。
整備用ブラシを引っ張るのって結構しんどい。大きいし重いから。今よりももっと小柄だった俺にはなかなかの重労働だった。チームメイト達が帰っていくのを横目で見ながら、ブラシを引っ張って誰もいないコートを端から端まで走り回る。先輩だって別に意地悪でこんなことをさせてるわけじゃないって分かってた。自分でも当然だって思ってたし。だけどその時は、精神的にも身体的にもかなりキテた。折角の誕生日なのになんでだろう、って。
すごく自分が惨めに思えて、俯いてコートブラシをかけていた。4月とはいえ、日が落ちてくると少し肌寒い。練習でかいた汗が冷やされて、肌がうっすらと粟立つ。流石に風邪をひくのは御免だと思い、スピードを上げようとしたときに肩に何かが掛けられた。驚いて後ろを見たら、そこにニコニコと立っていたのが制服姿の幸村くん。
「寒いでしょ?それ、貸してあげる」
それ、と言って指差さしたのは俺の肩に掛けられたジャージの上着。
確かにあったかくて、少し汗のにおいもするけど、幸村くんの匂いなんだって思うだけで全然不快じゃなくて。
俺も手伝うよ、って言いながらコート隅に置かれたブラシを取りに行こうとしたのは流石に止めた。制服が汚れちゃうからって。確かに誰かに手伝ってもらえたらって思ってたけど、幸村くんに手伝ってもらうなんて、いくらなんでも畏れ多い。
一年生のときからすっごくテニスが強くて、あっという間に強豪と呼ばれる立海大附属中のレギュラーを射止めた人物。その時の俺にとって幸村くんは憧れの存在ではあったが、気軽に話せるような気安い関係ではなかった。
幸村くんは、ふーん、って言ってたからてっきりもう帰るんだと思ってたら、次は、じゃあ終わるまで待ってるね、なんて言い出した。え、なんでだよ!って思ったけど、もう幸村くんはベンチに腰掛けていたから何も言えなくなってしまった。
幸村くんを待たせてしまっているんだから、早く終わらせなきゃって気持ちになる。勝手に幸村くんが待ってるだけなんだから、本当はそんなに急ぐ必要もなかったはずなんだけど。さっきの倍ぐらいのスピードでコート整備を終わらせた。
「なんで一人でコート整備やらされてたの?」
用具も片付け終え、着替えるために部室に足を向けると、後ろから幸村くんもついてきた。なんでついてくるんだろう。っていうかなんで俺のこと待ってたの。全然わかんない。
「今日の試合がサイアクだったから」
「ふーん、そうなんだ」
「なんで幸村くん、俺のこと待ってたの?」
「丸井ってさ、意外と真面目だよね」
俺の質問は完全に無視。もう、いったいなんなんだよ。
「なにそれ」
「全部を取ろうとするから、どこかしら中途半端なところが出てくる」
テニスの話してるんだって理解するまでに少し時間が掛かってしまった。
「ダブルスなんだからさ、任せちゃえばいいんだよ」
来るべきチャンスってやつだよ。いつの間にか隣を歩いていた幸村くんがにこりと笑顔を向けてくる。今まで考えもしなかったことを言われて目を丸くしていたら、頭を軽くぽんと叩かれた。
「丸井、今日が誕生日なんだよね?なんか食べて帰らない?奢るからさ」
後で聞いたんだけど、あの時から幸村くんは俺のことが好きだったんだって。幸村くんは下心だよって笑うんだけど、すごく嬉しかったんだ。誕生日を知っててくれたのもそうだけど、俺のプレーを見ててくれたことが。レギュラーとその他の部員とは練習メニューも違ったのに。
その後、幸村くんとよく話すようになって、紆余曲折の末に付き合うことになって。そして、幸村くんが目の前で倒れて。今はこうして部活終わりに毎日お見舞いに来ている。波乱万丈。その一言に尽きる。いろいろあった一年だった。
「そうだなあ。幸村くんがお祝いしてくれたら、俺はそれだけで十分かな」
「この病室でも?」
「この病室でも」
「ケーキも一緒に食べられないし」
「退院したら奢ってもらうから」
「じゃあ俺は退院祝いにブン太を食べちゃお」
「もう、幸村くん!」
君さえいれば、寂しくなんてないよ。
【コメント】
とても素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございます。
そしてブン太、誕生日おめでとう。
可愛くてカッコよくて、天才的なブン太が大好きです。
これからもブン太受けが増え続けますように!
HN:てい 様
HP:
tenitm
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