幸せな時間を大好きな君と。 【跡部×ブン太】

「え?週末からイギリスに!?」
『ああ。急遽行くことになった』

 部屋で一人、携帯電話を片手に俺は目を丸くした。

「へぇ…、そうなんだ。それで、いつ戻ってくるんだ?」
『学校が始まるまでには。それで…』
「そっか、急にイギリスに行くことになるなんてお前も色々と大変だな。あ、土産忘れんなよ。美味いもんでシクヨロ!」
『お前はほんと食い気だけは人一倍だな』

 受話器の向こうで跡部の笑う声がした。

「はは。じゃ、頼んだぜ。おやすみ」

 俺も軽く笑うとそのまま電話を切った。だけど本当は複雑な気持ちで、溜息が零れた。

「今年の20日は日曜だから会えると思ってたのになぁ。でも、都合があるなら仕方ないか」

 ベッドに寝転がるとやや芳しくないといった様子で、卓上カレンダーをぼんやりと眺める。そしてもう一度、自分に仕方ないと言い聞かせて、この日は目を閉じた。


 そして迎えた4月20日。俺はジャッカルと肩を並べ、公園で缶ジュースを飲んでいた。

「俺で悪かったな」
「何が?」
「いや」

 ジャッカルは独り言のように呟くと、飲み終わった缶ジュースをゴミ箱の中に命中させる。そして満足すると笑って腰を下ろした。
 言いたい事は分かっていた。誕生日に隣に居るのが俺で悪かった、ということだ。しかしジャッカルも俺も、本気で謝る気も受け止める気もない。これは限りなく冗談に近い挨拶みたいなものだからだ。けれど今の俺にはこの流れを止めることは出来なかった。

「電話ぐらい寄越せっての」

 やはり相当気にしていたのだ。

「メールも無ければ、電話もない。なあ、ジャッカル。俺は気にしすぎなのか?」

 いよいよ気持ちが高ぶると、缶ジュースの残りを一気に飲み干して、それをジャッカル同様にゴミ箱に投げてみるが、缶はゴミ箱の縁に当たりカランと音を立てて明後日の方向へと飛んでいった。その様子を見ていたジャッカルは肩を竦める。

「思うことはいいんじゃないか。恋人だろ?」

 その言葉に意表を突かれてしまって、力んでいた余計なものが体から落ちていくのが分かった。

「俺もっと大人になるよ」
「大人って…。ただテニス同様、恋愛も力み過ぎると上手くいくものも、いかなくなるってことだ」

 ジャッカルは俺が投げた空缶を拾い上げると、こちらに向けて投げてくる。俺はそれをしっかりと受け止め、もう一度ゴミ箱に目掛けて投げた。
 それから無事にゴミ箱に入った空缶を背にして、夕暮れの空を見ながら話し込んでいると、携帯が鳴り出した。見てみるとそこには跡部の文字が表示されていた。俺はまるで鉄砲玉のように素早く立ち上がると、急いで電話に出た。

『今、何処にいる?』
「え?あ、外だけど」
『丁度いい。今から…そうだな、立海大の付近に平地があっただろ。そこに行く。待ってろ』
「え、ちょっと待てよ!お前帰って来てたのか!?」
『さっきな。詳しいことは後で話す。じゃあな』

そういうと一方的に電話が切れてしまった。

「跡部か?」
「ああ…。今から来いって」
「あの跡部のことだから何かあるとは思っていたが。良かったじゃないか。行ってこいよ」
「訳分かんないけど、取りあえず行ってくるな。ありがとな、ジャッカル。また明日、学校でな!」

 携帯をポケットに仕舞いながら振り返り大きく手を振ると、フェンスを軽く飛び越えて目的地へと一目散に走って行った。
 そして平地に辿り着くと辺りを見渡す。

「まだ来てないみたいだな。それにしても何で此処なんだろう?」

 目的地に疑問を感じながら、先程より夕暮れが濃くなった空を見上げる。それでも心は晴れやかだ。

「跡部に会えるのか…、良かった…ん?」

 そのまま空を眺めていると、一台のヘリコプターがこちらに向かってくるのが分かった。それが段々と大きく見え始めると、俺は慌てて逃げようとした。けれど知っている姿を見つけて更に驚いき、足を止めた。

「丸井!」
「跡部!?」

 プロペラの音で声はあまり聞き取れないが、どうやら自分もそこに乗り込めと言っているように見えた。急な展開に驚きよりも先に笑ってしまい、そのままヘリコプターへと駆けていく。こちらへ手を伸ばしていた跡部の手をしっかりと握ると、体を引かれて思いきり胸に飛び込んだ。


「俺、ヘリに乗るの初めてだ!」

 まるでミニチュアハウスのように見える街が、さっきまで自分が立っていた場所かと思うと、喜びにも似た感動が何倍にも膨れ上がった。

「てっきり車で来るのかと思ってた。何でヘリで来たんだ?」
「こっちの方が早いからだ。…お前は早く会いたくなかったか?」
「そりゃ会いたかったよ」
「だろうな。缶を明後日の方向に飛ばすほど落ち込んでたんだろう?」
「何でそのこと知ってるんだ!?あ、ジャッカルだな!」
「此処に来る途中話を聞いた。ボレーのスペシャリストが聞いて呆れるぜ」

 やれやれといった様子で話す跡部だが、その表情はどこか楽しそうだ。

「跡部が最初から今日来るって知らせてくれれば良かったんだ」
「お前が俺の話を聞かずに電話を切るからだろ。まあ、だからこそサプライズでもいいかと思ったんだ。でも正解だったな。喜んだり落ち込んだりするお前が見れたから」
「最後のは余計だ」
「まったく。落ち込むのはいいが、俺の話は聞け。いいな?」
「はい…」

 そう言えば今になって電話を切る前に、跡部が何かを言いたそうだったことに気付く。けれど結果的にこうして跡部に会えたのだからと、意地悪な発言ですら心地良く思ってしまう。それが誕生日という魔法なのだろうか。

「それで、何処に向かってるんだ?」
「お前が行きたい場所なら何処ででも」
「え!?」
「冗談だ。ほんとお前はからかいがいがあるな」
「皆そうだから!お前が言うと冗談に聞こえないのっ!」
「ほら、見えてきたぞ」

 半ば立ち上がりたい気持ちを抑えて跡部の指す方向を見れば、そこには東京の夜景が広がっていた。
 幾つもそびえ立つ高層ビルの中に一際は目立つ大きなビルがあり、その屋上にヘリコプターを止めると中へと入って行く。しかし奥へ行けども人っ子一人見当たらない。そうして暫く歩き続けていると一室へと通された。そこで見たのは壁一面硝子針の広場だった。思わず近付いて東京の風景を目に一杯映し込んだ。そんな俺を見た跡部は小さく笑う。

「此処は今年オープン予定のホテルだ」
「だから人が見当たらなかったんだ」

 成程と頷きまた視線を夜景に戻す。ヘリコプターから見る景色とは違うけれど、どれも綺麗でどれも自分一人では決して見ることは出来なかったものだ。

「跡部はいつもこんな景色を見ているんだな」

 この景色を見て育ったのだろうと、改めて自分と跡部との取り巻く環境の違いを知った。

「見ていたのかもしれないが、どうも頭に残っていない。綺麗なんだろうが、綺麗だと気付けていない。お前が居たからヘリを用意させたり、このホテルにだって来た。逆を言えばお前が居なかったら、東京の夜景がこんなに綺麗だとも気付かなかった」
「跡部…」
「バーカ。言わすんじゃねェ」

優しく笑った跡部は俺の額を軽く小突くと、扉の方へ向かって歩いて行く。

「そこに座って待ってろ」

 跡部に言われた通り近くの椅子に腰掛けて待っていると、扉が大きく開かれる。それと同時にいい匂いが広間一杯に広がった。次々に運ばれてくる食事に目が釘付けになっていると、最後に跡部がケーキの乗った大きな皿をテーブルに置いた。そのケーキには”Happy Birthday ブン太“と書かれていた。その光景に面食らっていると跡部が俺の頭にそっと手を置く。

「誕生日おめでとう、ブン太」
「跡部…っ」

 名前を呼ぶのと同時に勢い良くその首に腕を回す。すると跡部はしっかりと抱き返してくれた。嬉くて何度もありがとうと言うと、その度に跡部は頷いてくれる。
 そうしてお互いに見合って笑い、跡部お手製のケーキを二人で仲良く食べ幸せな時間を過ごしました。


end


【コメント】
跡丸を書かせていただきました。ちぐはぐであまり共通点はないかもしれないけれど、そこからお互いを知っていって、新しい発見や刺激を受けた時の影響力は大きいのではないかと気持ちが膨らみました。
そんな二人の誕生日は毎年新しくて楽しそうだなと、来年も再来年も幸せな誕生日を過ごしていって下さい!
Happy Birthday ブン太!


管理人


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