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ヒロバン

「うわぁ凄い!見てください!バンさん!」
一面に広がる銀世界の上に七色に輝くオーロラがかかっている。その光景をみるなりすっかり興奮してしまった僕は、バンさんの手を引いて走りだします。
「待って、ヒロ。行かないで。やっぱり戻ろうよ。」
バンさんは僕の手を引っ張りました。今更になって何を言い出すのでしょう!
「戻ろうって、せっかくここまで来たのに…!」
僕は苛ついて、少し怒気を含んだ声で言いました。しかし、バンさんは俯いたまま、ここから足を動かさまいと頑なになって僕の手に力を込めます。
きっとバンさんは不安なのだろう。この寥々と広がる白い大地に僕ら、たった2人で立っていること。夜明け前の星空に架かる、神秘的な金糸雀色のカーテンが、この寂寥を掻き立てて、バンさんは今、この暗闇に僕ら2人が溶けて消えてしまうような気がして仕方ないんだろう。
いつもは強く、頼り甲斐のあるバンさんですが、本当はとっても繊細で脆いことを僕は知っています。そんなバンさんを僕は心から守りたいと思いました。
「大丈夫ですバンさん。僕はこの手を離しません。」
僕はバンさんの手にぎゅ、と力を込めました。僕の心音が真っ白な世界に木霊します。バンさんは泣きそうな顔をゆっくりとあげました。
「…絶対、離さないで。」
暗闇の中でもバンさんの瞳には強い光が宿っていて、僕の目を真っ直ぐに貫きました。繋がれた手に籠る、2人の体温が凍った空気に浸透していきます。その温められた空気が僕の顔を熱くさせました。その熱に浮かされたまま、僕は大きく息を吸って叫びました。
「僕はあ!絶対にバンさんのこの手を離さないと誓いまあす!!」
声は星空のもとに響き渡り、バンさんは、馬鹿、恥ずかしいだろ、と顔を真っ赤に染め上げました。僕ら以外誰もいないのに可笑しいですね、と僕らは笑い合いました。

「さあ、急ぎましょう!もうじき夜が明けます!」
白い大地に境界線が見えます。僕らはそれが今日と昨日の境目だと分かっていました。境界の向こうは闇に包まれていて、その奥に青白い光がぼんやり映っています。
境界線を見つけるなり、バンさんは直ぐにその線を跨ぎました。バンさんは彼方側に、僕は此方側に立ち、僕らは両手を繋いで向かい合います。バンさんが一瞬手を緩めたかと思うと、今度は組み合うように手を絡めました。
お互いの額をくっつけると、顔にバンさんの息が当たります。バンさんの睫毛が少し凍っているのが見えました。
「俺の明日にヒロはいるんだね。」
バンさんが白い息を吐きながら言います。
「僕の昨日にバンさんはいます。」
僕がそう言うと、バンさんは嬉しそうに笑いました。
バンさんがこれを提案したとき、そんな意味の無いことをしてどうするのだろう、と思ったものです。バンさんはただ日付が変わる瞬間を跨いだだけです。しかし意味は今ここでみつけました。僕らは明日と今日、今日と昨日を繋げたのです。そのことを祝福するかのように、星がより一層輝いたように見えました。
「有り難う、ヒロ。俺の我儘に付き合ってくれて。」
バンさんの目をみると、僕は嬉しくなって、照れくさくって、もう真っ直ぐにバンさんを見ていることが出来ませんでした。何とか紛らわそうと、僕は後ろを振り向きました。
「あー!バンさん、見てください!日の出ですよ!」
白い地平線からひょっこりと顔を出した太陽が、僕らの足もとを照らしていきます。僕はそれを指差そうとして右手を離しました。

「離さないで!」

バンさんが叫ぶのと同時に左手の指の間をすり抜ける感触がしました。はっとして振り返ると、バンさんがいません。

「バンさん?」
陽の光が闇をすっかり溶かしてしまい、辺りを見回してもただ白い大地が地平線まで続いているだけです。

「バンさん」
もと来た道には確かに二人分の足跡があって、足下にはバンさんがさっきまで立っていた跡もありました。

「バンさん」
僕は取り返しがつかないことをしたと思いました。左手にはまだバンさんの手の感覚が残っています。
涙が流れました。
僕は誓ったのに。バンさんの手を絶対離さないと誓ったのに!
僕はその場に崩れこみ、言葉にならない声をあげました。


目が覚めたとき、枕元にはジンさんがいました。
「悪い夢でも見たのか。」
僕は涙で濡れた瞼を押さえてこくりと頷きました。
「…バンさんがいなくなる夢を見ました。僕が、バンさんの手を離したから…」
ジンさんもまた頷きました。
「僕も幼い頃、両親を失ってからしばしば悪夢に魘されたことがある。最近でもお祖父様を亡くしてから、よく魘された。」
ジンさんは無表情のまま話します。
僕は涙をすっかり拭ってジンさんの目を見ました。
「そういう時、僕は周りにある大切なものの存在を確かめるようにしている。」
ジンさんの目の炎は優しく燃えていました。
「バン君は食堂にいる。行って、確かめて来るといい。」
いつもは僕に対して酷く厳しいジンさんですが、時々こうして優しいところがあることを、僕は知っています。僕がベッドから降りて食堂に向かおうとすると、ジンさんは、そうだ、と思い出したように言いました。
「バン君は居なくならないから安心していい。彼が僕の一番大切なもので、どんなことがあっても守るからだ。」
にやりと笑ったジンさんに僕もにやりと笑ってみせました。
「爆発なさってください。」


バンさんは今日も生きています。
それはジンさんが言うんだから間違いはないでしょう。
僕は毎日修行をして、いつかはバンさんより強くなります。
大人になったら身長も伸びて、ジンさんより高くなるかもしれない。車の免許を取って、カッコいいイタリア車の助手席にバンさんを乗せてバンさんの行きたいところに連れていってあげます。
そのとき、僕はバンさんの手を離さないでしょう。今度こそ、絶対に。

トーストと珈琲の香る食堂に、今日も明るい笑顔を振り撒く人影を見つけます。
その笑顔が今日も一日、これからもずっと絶えることがありませんように!
そう願って、僕は彼の細い腰に抱きつきました。

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