小説 | ナノ

ジンバン

ヒロを責めるつもりはない。何故ならば、彼の気持ちは僕もよく理解できるからだ。しかし、それは口にすべきではなかったと僕は思う。けれども思わず口にしてしまったヒロを、僕はやはり理解できてしまうのである。
「例えお前が俺を裏切っても、俺はお前を裏切らないよ。」
柔らかい月の光が彼の横顔を映し出す。ぼんやりとしていて表情は窺えないが、真っ直ぐ前を向くその横顔は真剣なものであることを想像させた。
「そういう風に出来てるんだ。俺は。生まれつきなんだよ。だから、今更さ。」
へら、と笑った顔がこちらを向く。その痛々しい笑みに、僕は胸を締め付けられる。

ヒロは言った。
「バンさんは、強い人だ。」
と。
信じていた人に裏切られても、まだ信じることのできるバンさんは強い人間だ、と。
それを本人の前で言った彼は、すぐに自分の失言に気付き、顔を真っ青にさせた。しかしバン君は表情を崩さず、強くなんかないさ、と言って笑ったのだ。

「行けよジン。お前が遅いとユウヤが心配するだろ。」
言葉は見つからなかった。何も言うことが出来ない自分を大変情けなく思う。悔しさを感じながらも僕は両足に力を込めて、その場から立ち去った。バン君は僕を引き留めてくれなかった。

僕は浮かない顔をしていたんだろう。ダックシャトルに戻ろうとすると、入り口ではユウヤが待ち構えていた。
「戻れよ。ジン君。バン君のところへ。君がバン君と一緒じゃなきゃ、僕はここを通さないつもりだよ。」
ユウヤの隣にはランもいて、風神雷神の如く僕を睨み付けている。僕は厳しいなと苦笑した。しかし僕は深く傷ついているのだ。バン君に何も言えなかったこと、バン君を一人置いてきたこと、バン君が僕を引き留めなかったこと。
「…僕はバン君の隣にいるべきではないのかもしれない。」
思わず弱気な言葉が口から転がり落ちる。
「僕はバン君に何を言ったらいいかわからないんだ。」
ユウヤとランは困った顔をしてお互い見合わせた。すると二人の背後から青いアンテナが覗いた。
「お願いします。ジンさん。バンさんの傍にいてあげてください。」
ヒロは目を真っ赤にさせていた。泣いていたのだろう。
「僕では駄目なんです。ジンさんじゃないと。バンさんにはジンさんがいないと駄目なんです。」
彼も悔しいのだろうと思う。しかし、その真っ直ぐな瞳は僕を捉えて離さない。僕はより強く、不本意ながらもバン君を傷つけてしまった彼を許したいと思う。
「何も出来なくたって、傍にいてあげるだけでいいじゃないか。いつも二人はそうしてるだろ。」
「そうだよ。ていうか、ジンが隣にいて、バンが笑顔にならないわけないじゃん!」
二人の言葉に元気付けられて、気付けば僕はもと来た道を走り出していた。暗闇に馴れた目が、より一層月光を明るくする。
いつか、バン君は言った。戦うのが恐いと。
涙を流しながら、彼は僕に本当の気持ちを教えてくれたんだ。
彼はいつから素直に泣けなくなってしまったんだろう。世界を変えようと誓ったあの日からか、拐われた友人を助けたいと思ったあの瞬間からか、それとも…。

郊外のとある場所。川へと降りる石階段に座り、水面に映る丸い月を眺める人影が一つ。
彼の背中には僕らよりも何十倍も重いものを背負わされていることを、知っているのに、誰もそいつを分け合うことは出来ないのか。
僕は震えるその小さな背中を抱きしめた。

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