愛している、と彼は私に言った。
けれど私はそれに対して何の返事もしなかった。
しばらくして彼の細い腕を枕にその顔を覗くと、何とも不安そうな、且つ不満げな表情の彼を見て、思わず笑ってしまった。

「何がおかしい」

「顔が」

私の言葉に、彼は眉を寄せた。

「おれは真剣に言ったんだぞ」

「じゃあ私も、真剣に笑ったの」

「どういう意味だ」

「そのまんまの意味」

だって一回り以上も離れた良い歳の大人が、いちいち私の言動に振り回されているだなんて、考えてみたら何だかとても可笑しいでしょう。

「ねえ、シーザー」

「…何だ」

彼はふてくされたような顔をしてしまったけれど、私はそんな事を気にしなかった。

「もう一度言って」

彼の頬に手を当てて、その瞳をじっと覗き込んだ。
彼が私にそうされるのが好きだということは、勿論わかった上でやっている。

「お願い、聞きたいの」

もう一度、と私は囁いた。
彼は黙って私から目を逸らしたけれど、だからといって彼がこの手の話をそのままはぐらかしたりやり過ごしたりするのが人よりも下手だということを、私はよく知っていた。

ただじっと、彼を見つめ続けた。
しばらくして私の視線に耐えられなくなった彼は、目を逸らしたまま、今度はさっきよりも小さな声で、愛している、と言った。

「誰を?」

ああどうしてこんなにも、彼に対して意地悪してやりたいという気持ちが疼くのだろう。

「お前を」

「お前、じゃなくて」

正直愛してるだなんてありふれた言葉、今まで何遍も言われてきた。
相手にとってきっと一番言いやすい口説き文句なんだろうし、私自身、繰り返される聞き飽きた言葉に心なんて動かなかった。

「…***を」

でも、彼の言葉だけは違った。
そもそも彼は、この歳にして異性にそんな事を言ったこともないのだろう。

「ちゃんと言って」

「…***、お前を」

愛している。

たった六文字の、ごくありふれた言葉でさえ、こんな風に顔中真っ赤にして彼は言うのだ。
それは私にとってひどく新鮮で、そうして、嘘みたいに胸の奥が暖かくなるのを感じた。

「…わたしも」

それだけ言って、耳まで赤くした彼を強く抱き締めてあげた。


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