まだ、夜は明けきらない。昨晩は調子に乗って飲み過ぎただろうか、厠に起きてそのまま、土方は寝付けずにいた。隣では、千鶴が穏やかな寝息を立てているのが恨めしくもあり、そう思うのが幸せであると感じた。


ちづ、と。

なんとなく、呼んでみた。殆ど聞こえないくらいの声だけど、千鶴はぴくりと肩を震わせて、目を閉じたままぐるりと土方の方に身体を寄せる。

起こしてしまったかと思ったが、どうやらぐっすり眠っているようだ。

千鶴は当初、遠慮して触れることをしなかった。元々土方も、触れることも触れられることも好きではなく、どちらかと言えば潔癖なきらいがあった。しかし、ことに千鶴に関してはそうではないようで、今みたいに懐で丸まっている千鶴を見るとべたべたに触りたくなってしまう。

(かと言って、起こすのも忍びねえしな)

それでなくとも付き合わせたあとだから、ゆっくり休ませてやりたい。土方はゆるく千鶴の髪を梳くと、一瞬だけ呼吸を分け合った。



妙な気配がして、薄く目を開く。すっかり朝になっていたようで、よく眠れたかと言われれば、それなりにというところだ。夢もなく、珍しく深い眠りを堪能した気がする。

気配は、千鶴だとわかっていた。だから驚くこともない。妙なのは、その視線である。土方が薄目を開いている事に気付かずに、呼吸の度に動く喉や、顎のあたりをひたすら気にしているようだ。土方はあまり髭が濃い方ではないが、剃り残しでもあっただろうか。

不意に、千鶴が白い指先を土方の顔に這わせようとした。実際には触れる手前で、ぴたりと止まっている。呼吸でも確認するかのように、唇の前で静止した。意図が掴めないまま、痺れを切らしたのは土方の方だった。

「っ……!?」

白魚のような指先を、ぱくりと甘噛みする。歯は立てずに、単に口に含んだだけだ。

それでも驚いて、しばらく硬直した千鶴は我にかえり、慌てて手を引く。唾液に湿った手を胸元に隠すように縮こませると、きっ、と土方を睨んだ。

「もう、なんて悪戯するんですか!」

「おはようさん。いや、何をするのか見てたんだが、何もしやがらねぇからな」

「……おはようございます。」

むっと赤くなったままの千鶴は、それでも直ぐに起き上がるのではなく、そのまま土方の顔を覗き込んでいる。

「で、何だ? 息してるか不安にでもなったか?」

「いえ……その、唇が、目の毒で……」

その千鶴の真剣な顔と、じわじわと染まる頬と、ひとりしんみりしそうになった自分にくしゃりと笑った。

言うに事欠いて、男の、夫の唇が目の毒などと言う妻が、愛らしくて仕方がない。

「なんだおまえ、息を確認してたんじゃなくて手で隠してたのかよ」

くつくつと笑う土方の胸を、ぽこぽこと叩いた。

「し……仕方がなかったんですっ!」

「何がだ?」

「見てたら、その、口付けしたくなって……」

「すりゃいいじゃねえか」

ぽこぽこと暴れ続ける手を捕まえて、指先を唇に触れさせる。土方の所作は自然で、片や千鶴は慣れない。それが、些か悔しいのだ。

「歳三さんは……どうしてますか?」

「何が、だ?」

小さく、わかってる癖に意地悪だと頬を膨らませつつ、千鶴は尋ねた。

「口付け、したくなったら」

「俺が我慢してるように見えたか?」

勇気を振り絞って尋ねる千鶴を余所目に、土方はケロリと答える。

「まぁ、偶に我慢もするが……人の往来でもなきゃ、寝てても構ってねえよ」

幸いにして寝付きがいいから気付かねえしな、と笑えば、千鶴は気付いたようで、自らの唇を抑えた。

「なんだ、心当たりあんのか?」

「夢かと……! そんな、酷いです!」

「其処まで言うほど嫌なのか?」

「だって、そんな、勿体無いじゃないですか!」

今度は、勿体無いときた。全く、だからこの女との生活は飽きないのだと、さり気なさを装って腰に手を回す。

「んじゃ、その分もすりゃいいだろ。」

ん、と顔を近付けてやれば、千鶴は真っ赤になって背けた。少し、揶揄い過ぎたか。機嫌を損ねても面白くないので、解放するかと手を離した刹那。

暑い息を含ませた舌が土方の唇を撫でて、ぱくりと塞いだ。

「ふふ……歳三さん、赤くなってます」

にこりと笑った千鶴は、土方が何か言い返す前に憚りですと言って出て行ってしまった。あんな大声で言ったら憚りも憚りでなくなる、なんて現実逃避的なことを考えてみる。

あんな口付けを教えたのは誰だ、俺か! と埒のない独り言に顔をうずめた。まったく、馬鹿馬鹿しい。今度は寝込みを襲ってやる、と、やや卑怯なことを考えながら土方は、明日も朝が来る楽しさに苦笑した。



メロウ・メロウ 土方×千鶴
ちゃろさま 数多



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