ちらり、と覗き見る。千鶴は気にも留めずに黙々と洗濯物を畳んでいた。いつもより口元がかたい。やっぱり怒っているようだった。

「……千鶴」

「…………」

名前を呼んだだけでは返事してくれない。悪かった。こちらが悪いというのはしっかりと理解している。自分の失言だった。だから彼女が怒るのも理解できるし、それを咎めるつもりは甚だない。けれど――。いつも自分に笑顔を向けてくれる彼女がこちらを見向きをしないというのは正直辛かった。

「…千鶴」

「…………」

とん、と軽く着物を叩いて千鶴が仕事の手を止めた。けれど変わらずこちらを見てくれない。彼女の後ろに腰を下ろして、そして千鶴が振り向く前に抱き合げる。ひゃ、と千鶴が声を上げて土方の膝の上に落ち着いた。

「……と、歳三さん!」

反射的にきゅっと握った土方の着物の袖を握り締めながら千鶴がきっと土方を睨む。勿論、いつもと変わらず……怖さなど微塵も感じなかった。

「何するんですか?下ろしてください!」

ほんの少しぶりに聞いた声は先程よりも怒っていた。更に怒らせてしまったことに少々怯みつつも彼女を逃がさないようにぎゅっと抱きしめる。触れていると落ち着くのだ。きちんと謝らなくてはならない。

「悪い、千鶴」

「………歳三さん」

「俺の失言だ。悪かった」

“もし、俺が消えたら――その時は、俺のことは忘れて別な男を好いてくれ”

彼女の幸せを思って、言ったつもり。悲しみに明け暮れるよりは新しい幸せを探してほしい。そう願っての言葉だったのだけれど、彼女にとっては重く圧し掛かってしまったようだ。

「…………」

千鶴が拗ねたように視線を逸らす。白くて、でも赤みの差している頬を指でなぞった。千鶴がきゅっと恥ずかしそうに目を閉じる。

「……勿論、お前を他の男には渡したくねえよ。それは分かってくれ」

「……」

千鶴がそろそろと瞼をあげる。うるうると、瞳いっぱいに涙を溜めていた。あ、泣きそうだ。そう思った時には、ほろりと千鶴の頬に涙が伝っていた。

「……歳三さん、の、ばか……」

消え入りそうな声で千鶴が呟く。それから堰を切ったように涙がはらはらと零れ落ちる。綺麗だった。千鶴の頬に手を宛がって、指先で涙を掬う。千鶴がそっと目を閉じた。

「歳三さん、は、ばかです……私が、あなたを忘れられるはず、ないじゃないですか」

目を手で覆いながらしくしくと泣く。土方は手を滑らせて、千鶴を抱き寄せた。触れれば、じわじわと温度が伝わってくる。

「あなた以外の人を、想えるわけ、ないじゃないですか……」

ぎゅっと着物を握りながら千鶴が身を寄せる。涙は止まることなく流れ続けた。水分を含んだ布が少しだけ色を変えた。

「私っ、ずっと歳三さんが大好きです……!だから、そんな、こと、言わないでください……」

「……ん。ありがとな、千鶴。撤回するよ。お前は俺を忘れないでくれ、頼む」

ぎゅっと、強く抱きしめて言えば千鶴がまた、声を押し殺して泣き始めた。苦しそうな泣き声を聞きながら、腕に力を込める。

嬉しい。
怒ってくれて、泣いてくれて。彼女は本当に自分のことを大切に思ってくれているのだ。ひしひしと痛いほどに伝わってくる。

「大丈夫だ、千鶴。俺はずっとお前の傍にいるから。大丈夫だ。もう、泣くな」

根拠などこれっぽっちもないのだけれど。大丈夫な気がして、思わず伝えた。

「……はいっ、すみません……。信じて、ます」

涙でぐしゃぐしゃな顔で、小さく笑った千鶴が言った。とりあえず。今の、彼女の不安を取り除くことはできたようだった。

「おう。千鶴、もう許してくれたか?」

泣く前に怒ってくれた彼女の訊ねれば。

「本当に、怒ってたんですからね。でも、歳三さんが大丈夫だと言ってくれたので、許してあげます」

にこりと、意地悪く言われてしまった。

「……本当、変な女だな、お前」

「歳三さんに言われたくないです」

ぎゅっと、嬉しそうに抱きついてくる千鶴にそう言われてしまった。どうやら涙も止まって、ご機嫌も良好らしい。

「手伝うよ、洗濯物。中断させて悪かったな」

「いえ。ありがとうございます」

笑って見上げた彼女はとても、幸せそうだった。そんなとろけるような笑顔に、ひとつだけ。唇を重ねれば、千鶴も顔を真っ赤にして受け入れてくれるのだった。





涙味の口付け 土方×千鶴
陽乃/初恋道化師



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